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バイト先で
「森くん、最近元気ないね。」
そう声を掛けてきてくれたのは、ホールリーダーの立花さんだ。立花さんは僕がこのカフェに入った時から指導役の先輩アルバイトだ。背がスラっと高くて、他人を惹きつける雰囲気は少し茂人さんに似てるかもしれない。
僕は直ぐに茂人さんに関連づけて物事を考えてしまうのを止めようと思うのに、縋り付いて心の支えにしていたせいなのか、中々その癖が治らなくて思わず苦笑した。
「そうですか?…そうかも。ちょっと最近色々ありまして。」
すると意味深な発言だと受け取ったのか、立花さんと隣にいたスタッフが妙に盛り上がって言った。
「えー!何、なに?気になるなぁ!よし、今夜は早上がりだろう?飲みに行こっ!」
僕が行くとも行かないとも言う前に、なぜか飲み会は決まってしまっていた。まぁ、飲み会をする口実になっているのは分かっていたから、僕は苦笑して頷いた。
大っぴらに店で飲むのもアレだったので、結局僕の一人暮らしのマンションに四人が集まって飲み会をする事になった。
「では、森くんを励ます会、カンパーイ!」
そう言って皆が楽しそうに飲み会を始めるのを、僕はちょっとした感動を持って見つめていた。結局、こんな楽しみが本来の僕が思い描く大学生活だったからだ。実際、僕もこんなに飲んだのは初めてだった。
「それで?森くんが元気ないのは失恋とかなのかな?」
いきなり突っ込んだ事を聞いてくるのは、さすがリーダーと言うところなのかな。僕は苦笑して立花さんに答えた。
「…失恋とか、そんなんじゃないんですけど。すごく心細い時に寄り添ってくれた人と、最近距離を取ったんです。だから何だか寂しいって言うか、その人の事ばかり考えちゃって。僕って全然大人になれないなって。」
すると唯一の女子の笹川さんがニヤニヤして言った。
「えー、その人の事ばかり考えちゃうって、それってほとんど恋じゃないの?え、女の子?男の人?あ、まさかおじさんとか?ヤバ、たぎる!」
そう言って、急に目をぎらつかせた笹川さんの頭を撫でてたしなめたのは、今野さんだ。
「こら、腐女子。滾らない。まったく、すぐに一人で盛り上がるんだから。悪いな、森くん。笹川はこんなやつだけど、気を悪くしないでな。」
僕はクスクス笑って答えた。
「今野さんって、笹川さんの彼氏みたいですね。頭ポンポンとか、彼氏っぽいから。」
すると気まずそうに、今野さんが頬を指でなぞりながら言った。
「あれ、気づいちゃった?俺たち付き合ってるんだよね。立花には直ぐバレちゃったんだけどね。あ、でも他の人も知らないから、内緒にしてくれるか?仕事しづらくなるだろ?」
僕は、自分の方が照れてしまって、モゴモゴしてしまった。そんな僕を見て、立花さんが僕の頭を撫でて言った。
「やっぱり可愛いーね、森くんは。こいつら何気にスキンシップしてるから、もうみんなにバレちゃってんじゃないかな?まったく当てつけるなら、俺も森くん可愛いがろっと。」
そう言ってふざけて僕に抱きついた。僕はみんなが酔ってきてたのも知ってたし、自分も心の拠り所である茂人さんを失って、甘える先が無くなったせいもあって、思わず立花さんに言った。
「この際、立花さんでもいいです。甘えさせてください。」
そう言って立花さんの腕の中で力を抜いた。他人の体温て、何でこんなに温かいんだろと思わず目を閉じたら、睡魔が襲ってきて、僕はあっという間に意識を無くしていた。
ふと気がつけば、部屋のベッドに横になっていて、狭いベッドの隣には立花さんが横になって眠っていた。僕は一瞬状況が分からなかった。でも、なぜかパンイチで裸に近かったし、それは立花さんも一緒で、僕は嫌な予感がした。
実際僕は臭かった。僕はふらつきながら、トイレに行って、風呂場に汚れた自分の服を見つけた。ああ、僕迷惑かけたみたいだ。僕は裸になるとシャワーを浴びて、歯磨きをした。シャワーしながら服の汚れを落とすと、洗濯機に放り込んだ。一緒に見慣れない服があって、先輩が着ていた服だと分かって、ますます青褪めてしまった。
とんでもない失態だ。僕は先輩の服も洗濯機へ放り込んでスタートボタンを押すと、パンイチで濡れた髪を拭き、冷蔵庫から冷えた水を取り出してグラスに注いでゴクゴクと飲んだ。
するとベッドから立花さんのしわがれた声がした。
「…森くん、大丈夫か?ちょっと吐いちゃった後、顔色悪かったから放って置けなくて泊まったんだけどさ。良かった。回復したみたいだな。」
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