再会

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再会

アルバイト先のカフェに入ってきたのは茂人さんだった。僕がレンタル彼氏をしなくなってふた月、茂人さんに似てる人を無意識に目で追ってしまっていた癖も薄まってきたのに、店に入って来たのはどう見ても本物だった。 僕はびっくりして目が釘付けになってしまった。と、同時に店の女性のお客さんがチラチラと茂人さんを盗み見るのを、なんとも言えない気持ちで眺めた。やっぱり茂人さんは目立つ。 茂人さんはきっと誰かと待ち合わせしてるのかもしれないと、僕の心は喜ばないようにブレーキを踏んだ。 「茂人さん…。ご無沙汰してます。いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたら、お呼びくださいね。」 そう言って、顔が強張らないように茂人さんを見た。茂人さんは僕をじっと見つめて言った。 「今日、何時まで?楓君と話がしたいんだけど。」 僕の心臓はあっという間に鼓動を速めて、声を詰まらせた。僕に会いに来てくれた?僕は嬉しさ半分、戸惑い半分の少し複雑な気持ちで、何も考える間も無く答えていた。 「…あと1時間くらいです。」 すると僕ににっこりと、あの優しい微笑みを投げかけると言った。 「分かった。じゃあ待ってるから。えーと、カフェラテひとつ、ホットで。」 僕はハッと我に帰ると、かしこまりましたと、形式的に対応してカウンター裏へ戻った。キッチンにカフェラテを一つ頼むと、既に出来上がったドリンクを他のテーブルに届けた。僕のその動きを茂人さんがじっと見ている気がして、僕は何だかくすぐったい気持ちがした。 茂人さんのテーブルにカフェラテを届けると、嬉しげに頷いてありがとうと言われるのが、妙に自意識過剰になってぎこちない動きになってしまった。 「ギャルソンの格好、凄い似合うね。」 僕にそう言って、茂人さんは美味しそうにカフェラテを飲んだ。僕は急いでカウンターに戻りながら、何であの人は何をしても絵になるんだろうと思った。今僕が身につけているギャルソンエプロンだって、茂人さんが着たらきっと毎日お目当ての人たちが行列を作るに違いない。 僕は自分で想像したその光景に、またひとつため息をついた。こうして客観的に僕たちを並べてみれば、明らかに茂人さんと僕の世界は違って見えた。それはまた一歩、僕が茂人さんから離れる理由になった。 それにしても、話があるって言ったけど、元顧客の僕に対してどんな話があるって言うのかな。気になったけれど、お店の忙しさに紛れてその事は直ぐに考えられなくなってしまった。 少し時間をオーバーして、待ってくれていた茂人さんと店の前で合流した僕は、これからどうするのかと茂人さんの顔を見上げた。心なしか強張った表情を浮かべた茂人さんは、僕に言った。 「何処かでゆっくり話したいんだけど、大丈夫?」 僕は何となく茂人さんがレンタル彼氏の時と雰囲気が違う気がして、何も言えずに頷いた。正直、どんな理由にせよ茂人さんに会えてドキドキするくらい嬉しかった。男同士なのに、そんな風に感じるのは変だろうか。 茂人さんは近いからと、自分のマンションへと誘ってくれた。僕は誘われるまま、一緒にタクシーに乗り込んだ。移動にタクシーを使うなんて何だか茂人さんらしい。 「電車だと3倍時間掛かるから、タクシーの方が返って効率いいんだ。」 そう茂人さんの言うように、案外直ぐにタクシーは停車して、僕は街灯の瞬き出した街角を見回した。目の前に6階建てのマンションが建っていて、僕は茂人さんの後をついてオートロックの入り口を見つめた。 「凄い高そうなマンションですね。茂人さん一人暮らしでしょう?」 すると茂人さんは苦笑いしながら言った。 「俺は甘やかされたボンボンなんだ。というのは冗談で、ていのいい管理人て感じかな。爺さんの持ってる一人用マンションで、俺が住んでもいいよって。変な人に貸すより身内の方が安心なんだろうね。」 僕は茂人さんのプライベートを知れば知るほど、ますます距離を感じる気がした。思ってた通り、茂人さんは僕とは全然違う。僕は平凡な地方都市の両親の子供で、おじいちゃんも別にアパート経営してる訳でもない。 そんな僕を促す様にエレベーターに乗り込むと、茂人さんは僕をじっと見つめて言った。 「…良かった、元気そうだ。でも、楓君がこんなに俺の側にずっと居たなんて全然知らなかった。アイツがもっとバイト先のこと話してくれてたら良かったのに。」 僕のバイト先を知ったのは、立花さんが先日の酔い潰れた僕を心配して、泊まってくれた時の事を話したせいみたいだ。茂人さんが立花さんと仲良しだったのもびっくりしたけれど、それより先日の醜態を知られて、僕はますます居心地が悪くなった。 リビングに通されてソファに座ってから、僕は何だか茂人さんの機嫌が悪い気がして、カルアミルクを作って差し出してくれた茂人さんの顔を見つめた。 「これ、僕好きなんです。ちょっと女の子みたいだけど甘いのが好きで。でも家で作って飲めるんですね。知りませんでした。…茂人さん、何か怒ってます?」
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