お喋りな私

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お喋りな私

私の名前は、百瀬理美(ももせりみ)。 私は、とにかくお喋りだった。 実際に、お喋りをしているわけではない。 頭の中で、常に誰かが話しかけているのだ。 母親に、相談すると「気持ち悪いから、体でも動かしなさい」と言われて、仕方なく私はテニスを始めた。 それでも、私の頭の中のお喋りは静まらなかった。 だけど、浅倉三千絵(あさくらみちえ)さんと仲良くなってからお喋りが止まったのだ。 「百瀬さん、また明日ね」 「うん、さよなら」 私は、浅倉さんと別れて靴箱にやってきた。 「それ、浅倉さんと仲良くなったからじゃないの?」 「えっ?」 下駄箱の大量の生ゴミを下川原君は、指差した。 「こんなの、関係ないよ。ほら、最近間違えられてるんだよ。ゴミ箱と…」 下川原君に、話しかけられるなんて生きていてよかった。 「手伝ってやるよ」 自分の手が、(よご)れるのも気にしないで下川原君は下駄箱の中を片付けてくれた。 「ありがとう」 「洗わないと臭いぞ。行こう」 そう言われて、私は手を引っ張られた。 私の生ゴミまみれの靴を持ってくれている。 あっ、上履きで外に出ちゃった。 学校近くのコインランドリーにきた。 「ここ、靴、洗えるから」 下川原君は、スイッチを押した。 「で、こっち」 回してる間に、また手を引かれた。 近くの公園のトイレに引っ張られる。 「私は、女子トイレだよ」 「いいじゃん、別に」 下川原君は、男子トイレで私の手をとって洗った。 ハンカチで、丁寧に指をふいてくれた。 「百瀬って、俺を好きだよな?」 「えっ?」 「間違ってたら、ごめん。中2の頃から、目がよく合ってたから」 「あっ」 バレていた。 「まだ、よくわかんないよ」 私は、嘘をついてトイレを出た。 私の世界の静寂を初めて見つけたのは、中学二年生の夏だった。 頭の中が、常にお喋りだった私。 思春期特有のあれです。と母親が連れていった病院で言われた。 特有のあれとは、何なのかよくわからなかった。 朝練が終わり、クラスに戻ったら下川原歩(しもがわらあゆむ)君が勉強をしていた。 必死に机に、向かっていた。 彼は、勉強を覚えるために、時々口に出すのだ。 数字をブツブツ言ったり、漢字を言ったり、英語を言ったり…。 「まーた、下川原。独り言、喋ってる。」 「気持ち悪っ」 朝練を終えたサッカー部やバスケ部の生徒がやってきた。 下川原君は、誰の事も気にしない。 「はあ。終わった。」 一人で話して、鞄に教科書を直した。 「おい、下川原。毎日、ブツブツうっせーな。」 「脳みそを使わないかわりに、肉体を痛めつけている。君と俺は全くの違う生き物だと理解したうえで、偉そうに話しているのだろうか?」 私は、その言葉に笑ってしまった。 「百瀬、テメー、笑ってんじゃねーぞ」 あっ!! 頭の中の感情を出してしまった。 殴られる、ギュッと目をつぶった。 ドカッ… ゆっくりと目を開けると、下川原君が立っていた。 「女性に暴力を男が、あげるべきではない。脳みそまで、欲望に忠実に生きているのか?人間は、動物ではない。ちゃんと脳みそは使うべきだ。」 「はあ?」 「もうやめろよ。頭悪いって言われてんだからさ」 そう言われて、小野君は去っていった。 「はあ。眼鏡が割れた。」 下川原君は、眼鏡を拾った。 「ごめんなさい。私のせいで」 「百瀬さん、頭はお喋りしてるのに、何故俺のように吐き出さないの?君の世界は、きっと素敵だよ。」 胸が、張り裂けそうなぐらい痛んだ。 これが、何なのかわからなかったけれど…。 下川原君の前でだけ、私の頭はお喋りをやめた。 それからは、朝練になると窓際にいる下川原君を探すのが日課になった。 そして、中学三年生になり、私は前の席の浅倉三千絵(あさくらみちえ)さんも同じ事をしているのに気づいた。 浅倉さんと仲良くなり、私の脳みそは、さらにお喋りが減っていった。
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