言えなくてごめん

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言えなくてごめん

僕には、後悔してもしきれない出来事が、ひとつだけある。 それは、高校の卒業式が終わった帰り道の公園での出来事だった。 あの日、僕がたった二文字を口に出せていたら……。 今でも、君は……。 ◇ ◇ ◇ 「帰ろう!」 「うん」 この登下校を二人でするのは、今日で最後だった。 「大学は、県外に行くんだろ?」 「うん」 僕の名前は、坂上慶吾(さかうえけいご)。 そして、僕が今一緒に帰っているのは、中学時代からの親友の田邊琉聖(たなべりゅうせい)だ。 「慶吾は、地元に残るんだろ?」 「ああ。県外に行きたかったんだけどさ……。親父が、ぎっくり腰になっちゃって……。繰り返すらしくてさ。母親だけじゃ、無理だからな」 僕の両親は、近所に愛される小さなお店を経営している。スーパーまでもいかないけれど、パン屋、牛乳、カップ麺や日用品などを取り揃えている。 祖母が亡くなる前に、『死ぬ前に、買い物に行きたかった』と話た言葉に父親は会社をやめて、すぐにこのお店を開いたのだった。 オープンして、わずか5日で近所に愛されるお店になったのだ。 歳をとって、足腰が悪くなってもみんな自分の力で買い物がしたいのがよくわかった。 そして、最近はトラックに数種類の荷物を積んで、来れない人の為に父は自宅近くへ品物を持っていくシステムも始めた。 そのせいで、ぎっくり腰になったのだ。 「でも、【もとこ】がなくなったらみんな悲しむよ」 そう言って、琉聖は笑ってくれる。 なぜ、【もとこ】かというと祖母の名前からとったからだ。 「そうだな」 今、僕がしなければならない事は【もとこ】の仕事を手伝う事なのだ。 「慶吾、公園で話さない?」 「いいよ」 僕は、琉聖と一緒に公園のブランコに並んで座る。 鞄を地面に置いて、僕はブランコを漕ぎ始める。 「琉聖は、いつから向こうに?」 「あー、明後日にはいく」 「そっか、寂しくなるな」 「まあ、こうやって慶吾と馬鹿出来るやつはいないしな」 そう言って、琉聖はブランコを漕ぎ出した。 「そうだな」 二人で、ブランコを漕ぐ。 僕が上に上がると琉聖は下に下がってく。 それが、何だかこれからの二人みたいに感じる。 同時に、揃わないブランコ……。 「なあ、慶吾」 「何?」 琉聖は、大きな声で叫んだ。 「俺は、慶吾が好きだーー」 琉聖の言葉に、僕は固まった。 「慶吾」 ザザッと、琉聖はブランコを足で止める。 僕も、止まった。 「何?」 ブランコを降りて、僕の前に琉聖がやってきた。 ドキドキしすぎて、息苦しい。 「今の友達としてじゃない」 少しだけハスキーな琉聖の声に、ゾクッとしながら、僕は琉聖を見つめていた。 「琉聖……」 「慶吾は、どう思ってる?」 琉聖は、177センチでスラリとしている。髪は、マッシュルームみたいな形をしているけれど、パツンと揃えた前髪が琉聖の三白眼をより強調させる。手足は長くて、声は少しだけハスキーで……。 イケメンって、呼ばれる人種の人。 「どうって?」 僕の言葉に、琉聖はいきなり唇を重ねてきた。 多分、何も言われたくなかったんだと思う。 【キモい】とか、【嫌い】とか、【ありえない】とか、【気持ち悪い】とか……何も…… ドンッーー 言わないかわりに、僕は琉聖を突き飛ばした。 それは、嫌いとかじゃなかった。 琉聖の隣に恋人として並ぶ事の惨めさだった。 親友として並ぶのはよかったんだ。 だけど、恋人として手を繋いで並んだ時に……。 169センチの少しポッチャリした体型で、目は開いてるか閉じてるかわからないとよくからかわれていたし、手も足も短くて……。 お笑い担当だなー、慶吾わってよくみんなに言われた。 僕は、琉聖の隣に恋人として並んじゃいけない人種。 「慶吾?」 「な、な、何なんだよ!突然、コクってきて、キスしてくるとか!イケメンじゃなかったら犯罪者だからな」 言いたくない言葉が、口をついて出る。 琉聖の悲しい顔に、胸が締め付けられる。 「慶吾……ごめん」 そんな言葉言わせたくなかった。 「ふ、ふざけんなよ。ファーストキスだったんぞ!ファーストキスが男とかありえないから!普通にないから」 「ごめん」 僕は、さらに胸が締め付けられた。 「帰るわ」 琉聖の悲しそうな顔を見たくなくて、僕は公園を後にした。 本当は、ずっと琉聖が好きだった。 中学の時に、たまたま体育でペアになって、その時に漂ってきた琉聖の爽やかな匂いとニコッて笑ってくれた笑顔に惹かれた。 男とか女とか区別のなかった思春期は、琉聖の綺麗な顔に惚れるのには充分だった。 気の迷いかもしれないって思ったけれど、そうじゃなかった。 成長すればするだけ、僕は琉聖を好きになった。 琉聖以外の人間はいらなくなった。 好きな人の傍に親友としていれるだけで幸せだった。 琉聖は、ずっと恋とかに興味がないを貫いていた。 だから、高校の3分の2の女子が告白してこようが、答えはNOだった。 そんな琉聖が、告白してくれた。 なのに、僕は……。 琉聖の隣に、恋人として並べなかった。 「何で、何でだよーー」 家について、玄関の鍵を閉めた瞬間。そんな言葉が出てきた。 「おかえり、慶吾。琉聖くんと帰ってこなかったの?」 母親がこちらにくる音がして、慌てて二階に上がる。 「頭痛いから帰った」 バタバタと二階の部屋にあがって、ベッドに寝転がった。 さっき、琉聖にキスされた唇が火傷したみたいに痛く感じている。 ズキンズキンと貫く胸の痛みと自分へのどうしようもない苛立ち……。 「琉聖が、好きだよ。琉聖がいい。初めては、全部琉聖がいい」 涙がボロボロ流れてくる。 今さら、言ったって遅いのに……。 この部屋で、言ったって伝わらないのに……。 たった二文字の言葉を伝えるのに琉聖がどれだけ勇気を使ったかわかっていた。 僕の好きは、布団の綿に吸い込まれていった。 ◇ ◇ ◇ 「琉聖、目開けろよ!なあ、頼むから……」 「あら、慶吾君。今日も来てくれたの!ありがとね」 琉聖のお母さんは、花瓶の花をかえる準備をしている。 「いつ、目が覚めるんですか?」 「さあね。わからないわ。ちょっと、お花かえてくるわね」 「はい」 おばさんは、そう言って病室を出て行った。 琉聖からの告白を受けたのは、今からちょうど三年前だった。 琉聖が、この状態になったのは一年前だ。 おばさんから聞いた話を僕は思い出す。 県外の大学に進学した琉聖は、なかなか人に馴染めなかったらしい。 半年後、一つ上の先輩と仲良くなった琉聖は、それなりに大学が楽しくなってきた事を話してくれたと言う。 大学生になっても、琉聖はよくモテたらしい。 おばさんに、また告白されたとよく話してきたという。 だけど、勉強に専念したいから告白を断っていたという。 そんな日々から、暫く経った二十歳の夏休み。 琉聖は、こっちに帰省する前に先輩カップルと先輩の友人の合わせて10名と旅行に行くと話したという。 その旅行に行って、琉聖はこのままだ。3ヶ月は、県外の病院にいたのだけれど……。おばさんが通い続けるのが困難の為、こちらの病院に転院させた。 そして、その日の夜、琉聖のおばさんが【もとこ】にやってきて僕はこの事を知った。 転院する日の朝、おばさんは、お見舞いにやってきた先輩に怒らないから何があったかを話してくれと頼んで話を聞いたと言った。 琉聖は、見た目がイケメンのくせに、告白を断り続けているから調子に乗っていると言われていたらしい。誰とも付き合っていないのなら、童貞なのは確定だという話になったらしい。そして、あの旅行で酔っ払った琉聖の初めてを奪ってやろうという話しになったらしい。 琉聖は、先輩達の期待通りにお酒を飲んだという。 そして、琉聖をずっと狙っていた未由希(みゆき)という先輩の友人の友達が酔った琉聖にキスをしたらしい。 みんなで、琉聖を押さえて彼女に初めてを奪わせよう作戦を実行しようと、琉聖を押さえつけようとした時だった。 琉聖は、いきなり立ち上がったという。 そして、酔ってるから何を話しているかわからない言葉で叫びだすと裸足のまま走り出したという。 先輩達は、琉聖を追いかけた。 ドスンッーー 琉聖は、宿を飛び出した瞬間に車に跳ねられた。 先輩は、必死で謝り続けたけれど、おばさんは怒らないけど許すとは言えないと伝えた事を僕に話した。 「慶吾君、また、仕事だから……。ごめんね」 「今日は、僕、時間ギリギリまでいれますから」 「ありがとう。じゃあ、任せるわね」 「はい」 おばさんは、親友の僕の声を聞いたら琉聖が目を覚ますかも知れないからお見舞いに来て欲しいと僕に頼んだ。 僕は、大学を休学して、ほぼ毎日琉聖に付きっきりの生活をしていた。 体を擦ってあげたりすると刺激になって目覚める事があるらしい。 だから、僕は毎朝やってきて一時間。 琉聖の体を擦り続けていた。 「琉聖、嫌だったんだな」 僕は、琉聖の頬を優しく撫でる。 もう、目が覚めないかも知れない。 ただ、脳は死んでいないと言われたとおばさんは話した。 おばさんは、お医者さんから、琉聖が目を開ける事を拒んでいるのではないかと言われたらしい。 拒んでるのは、またあの場所に戻る気がしてるから……? それとも、僕に会いたくないから? 僕は、琉聖の唇を指で優しくなでる。 あの日、感じた温もりと柔らかさが存在していた。 「琉聖、眠ってるとこ悪いんだけどさ…」 気持ちを押さえたまま再会したせいで 僕の気持ちは、あの頃より膨らんでいた。 僕は、琉聖のプックリとピンク色の唇に吸い込まれるようにキスをしていた。 ゆっくりと唇を離した。 琉聖は、起きたりもしなかった。 「何か、疲れちゃった」 昨日は、父がまたぎっくり腰になったせいで、お店の重たい物の片付けをさせられていた。 そのせいで、体が疲れていた。 僕は、琉聖のベッドに頭を置いた。 わざと耳元の方に、頭を近づける。 それは、僕がいるよ!って 琉聖の脳に教えてあげる為……。 それは、安全な場所だよって 琉聖に教えてあげる為……。 「はあーー。好き」 あくびをしながら、二文字を琉聖の耳に初めて伝えた。 目が覚めなくていいから、生きていてよ……。 琉聖 ♡♡♡♡♡♡♡♡♡ 何かが、唇を触っている感触がする。 「うーん、うーん」 あっ、これはアゲハだ! 飼ってた犬のアゲハ…… 子犬の頃から、アゲハ蝶を追っかけ回すのが大好きだったから、アゲハ。 アゲハは、僕の産まれた時からの相棒で、小学6年の夏に死んじゃった。 「アゲハーー」 泣きながら、目を覚ました。 「ハハハ」 「えっ?」 「アゲハじゃないよ!慶吾」 「いや、えっ?」 僕は、慌ててナースコールを押した。 「どうしたの?慶吾」 今まで、眠っていたのをわかってないみたいに琉聖は、どうしたの?と言った。 看護士さんが、現れて……。 その光景を見るとすぐにいなくなった。 お医者さんがやってきて、琉聖は色々と確認されていた。 「もう、大丈夫ですよ」 僕は、お医者さんにそう言われた。 「よかった、本当、よかった」 二人きりになると、細い腕で琉聖が僕を引っ張ってきた。 「何?」 「言って!」 「何を?」 「もう、一回言ってよ」 琉聖は、悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべる。 「何を言うんだよ」 「ほら、さっきの……」 「アゲハ……」 「そっちじゃないって」 その言葉に、頬が熱くなってくのを感じる。 あの日みたいに、唇が火傷したみたいにジンジンと痛い。 胸がギュッーと締め付けられる。 だけど、あの日と違って 痛みが少ないのがわかる 僕は、琉聖を見つめる。 あの日、ベッドの綿に吸い込まれた二文字を……。 ずっと、押さえつけていた二文字を……。 さっき、耳元で呟いた二文字を……。 今度は……。 とびきりの笑顔で、君に伝えよう! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ 「すき」 ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
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