アリスターは追放された。

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 ***  この薬は、現在は通販でしか販売していないらしい。  俺はCMやWEBサイトで紹介されている電話番号に電話を入れてみることにした。メールもあったのだが、やっぱりなるべく早く購入したいという気持ちが強かったからだ。  コールセンターの電話は、回線が混み合っていると繋がらないことが多い。もしも何度もかけても駄目だったら諦めてメールにしようと思っていたが、幸運にも俺の電話は三回目で繋がったのだった。 『お電話ありがとうございます。こちらニツバ製薬より、アイザワがお受けいたします』  電話に出たのは、若い女性のオペレーターだった。そういえば、コールセンター系にかけると女性の方が多いのはどうしてだろう、なんてことをぼんやりと思う。男よりも雰囲気が柔らかくて話しやすいような気がするから、なのだろうか。 「え、えっと……し、CMを見まして。コチナール・アルファの購入を検討しているんですけど……」  電話をかけることを選んだのは俺だが、電話が得意かというと全くそんなことはない。しどろもどろになって言うと、アイザワという女性オペレーターは明るい声で“ありがとうございます。コチナール・アルファですね、少々お待ちください!”と答えた。多分、対応するページでも開いているのだろう。 『……お待たせしました。まず、お客様のお名前をお伝えいただけますか?』 「野中友朗(のなかともろう)、です」 『野中様ですね。こちらの商品なのですが、購入前にいくつか確認させていただきたいことがございまして』 「薬の効果とか、ですか?」 『そうですね。この薬は、大変強い効き目のお薬となっております。副作用などは最小限に抑えられていますが、お客様の体質によっては湿疹が出たり、眠気が出ることもございます。また、一日に一回の使用、またコップ200ccあたり一滴分が目安となっておりますので、それ以上の使用はご遠慮ください』 ――一日一回しか使えないのか。慎重にやらないとな。  俺はメモを取りながらも、わかりました、と答えた。 『また、このお薬を服用いたしますと、一定時間“一切嘘がつけずに、隠しておきたいことを全て告白してしまう”状態になります。その間はトラブルを防ぐため、外出や仕事などは御控えください。最大一時間程度で効果は切れます。また、この薬を服用したことによる人間関係のトラブルなどは、こちらで保障致しかねますがよろしいでしょうか?』 「トラブル?」 『秘密を暴露してしまう薬ですので、使用された方との人間関係に影響が出る可能性がこざいます。また、相手の方の知られたくないプライバシーにも干渉してしまうことになりますし、場合によっては双方に精神的なダメージを負う可能性もあります。……相手の方を傷つけてしまう可能性や、ご自分が傷つく可能性も当然あるということです。それでもよろしいでしょうか?』 「…………」  確かに、相手の秘密を話させるのだ。そういうことも充分考えられるだろう。ミホコを傷つけてしまうかもしれない、それでも薬を購入するべきかどうか。――少しだけ迷ったが、ほんの少しだけだった。例え彼女を傷つけてしまったとしてもだ。俺は、今の状態があまりにも耐えられないのである。大体、俺がネガティブな性格だと知っていながら隠し事をして、苦しめてきた向こうにも非があるではないか。  それでもし本当に浮気だったのなら。悲しいことだがそれはそれ、すっぱりと別れる勇気も持てるというものである。 「……構いません。購入します」  俺は、オペレーターにそう告げた。  翌日、俺の元に例の薬が届くことになる。ミホコの秘密が知りたい。これ以上、彼女が自分を騙しているかもしれないなんて考えながら一緒にいるのは耐えられない。  俺は彼女のために入れたコーヒーに、こっそりとコチナール・アルファの透明な液体を一滴垂らしたのだった――。
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