3.安寧の日々

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「さて、本日は主上にお伝えすることはございますか?」  毎日の贈り物を美鶴が受け取ったのを見届けて、時雨は本題に入った。  美鶴は微笑んだまま「いいえ」と首を振る。 「本日は夢見もありませんでしたし、予知はございません」  時雨がご機嫌伺いと称してこの宣耀殿へ来るのは二つの目的があるからだ。  一つは弧月から贈られる花を届けるため。そしてもう一つは美鶴の予知を聞くためである。  美鶴の予知の能力は秘匿されているらしい。  周囲の者には珍しい異能持ちの娘としか伝えていないのだとか。  もし知られてしまえば、邪魔に思ったり逆に利用しようとする者達に攫われるなど、危険が及ぶ可能性があると説明された。  自分にそこまでの価値があるのかと疑問ではあったが、弧月の指示だというならば素直に従う。  そういうわけなので、美鶴の予知を知っているのは妖帝である弧月とその側近の時雨。そして美鶴の腰元である小夜だけなのだそうだ。 「そうですか、分かりました。……では他に伝えたいことはございますか?」 「え?」  いつもならば予知の有無を聞いて、無ければそれで終わりだったはずだ。  また明日、と言って帰るはずの時雨の問いに、美鶴の方が聞き返してしまう。 「他に、でございますか?」 「ええ。例えば“主上にお会いしたい”とか」  具体的な例を出されたが、それは美鶴が思ってもいなかったこと故首を横に振ることしか出来ない。 「いいえ、ございません。主上はお忙しいお方です。私に会うためだけに貴重なお時間を割いて頂くわけにはいきません」 「とはいえ三か月もお渡りがないのですよ? 不安には思わないのですか?」  尚も食い下がる時雨には戸惑うが、美鶴の意志は変わらなかった。 「元より寵を賜るために妃となったわけではございませんし……。私の力があのお方のお役に立っていて、こうして毎日花を頂けるだけで幸せでございます。これ以上は罰が当たってしまいますわ」  そう、毎日花を贈るという約束を違えず続けてくれている。自分を忘れていないという証を贈ってくれている。  それだけで十分なのだ。 「……そう、ですか」  時雨は残念そうな面持ちで嘆息すると小夜を見る。  目が合った小夜も同じように息を吐く様子を見て、美鶴は不思議そうに首を傾げるのだった。 ***  朝に時雨が訪ねて来たあとはもっぱら学びの時間だ。  小夜はかなり優秀らしく、かな文字から歌の詠み方、内裏のことや国の成り立ちなど様々なことを教えてくれた。  ときには貝合わせなどの雅な遊びも取り入れて、息抜きも入れてくれる。  家の仕事の手伝いくらいしかさせてもらえなかった美鶴は学ぶということそのものが楽しく、三か月経った今でも新しい発見に心が躍った。  そうして日も落ちてくると夕餉の時間だ。 「夕餉は美鶴様のお好きな粥にして頂きましたよ。ちゃんと食べてくださいましね」  強めの口調で勧めるのは最近食が細くなってきている美鶴を心配してのことだろう。  美鶴とて高級品である白米を残すような真似はしたくないのだが、どうしても受け付けないのだ。  それでも少しでも食べないことには小夜を心配させてしまうと膳に向き合う。  だが――。  白米の粥と汁物の香りを感じた途端に「うっ」とこみ上げる。 (駄目、吐きそう……)  なんとか耐えるために、即座に膳から顔を背け口元を押さえた。 「美鶴様?」  流石におかしいと思ったのか小夜が近付いて来る。 「ご、めんなさ……どうしても、受け付けなくて……」  目じりに涙を溜めながらもなんとか絞り出すように答える。 「一体どうなさったというのですか? これではまるで――」  焦りを含んだ声で心配してくれた小夜は、途中でぴたりと言葉も動きも止めてしまった。 「……小夜?」  今度は美鶴の方が彼女を心配してしまう。  突然止まってしまうなど、一体どうしたというのか。 「……そういえば、美鶴様はここに来てから月のものがありませんよね? 初潮がまだ、という事はありませんよね?」 「え? ええ……初潮は済んでますけど……」  流石にこの年齢でそれはない。ただ、不定期だったのであまり気に留めていなかったのだが……。 「……医師(くすし)を呼びましょう」 「え? あ……」  小夜は唐突に真面目な顔で言うと、美鶴の返事も聞かず動き出してしまった。  取り残された美鶴は待っていることしか出来ず、その後も小夜や医師に言われるままになる。  そうして一通りの処置を終えた医師は、神妙な面持ちで口を開いた。 「おめでとうございます。ご懐妊でございます」  と……。
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