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待ち合わせはいつも通り、大学の構内だった。
週に一度、OwnerからのWater。オレの主人となる彼は幸か不幸か大学の先輩で、同性で、憧れの人。優秀なだけに汎用性のあるOwnerとして複数人のFlowerを抱え、定期的に水やりをしてくれていると聞いた。
とはいえ、一人ひとりに直接与えることは時間的にも距離的にも困難を極めるから、基本的にはFlowerが病院なり研究所なりに出向いて注射器から養分という名の体液を摂取するだけになる。同性同士の場合は概ね採取した血液だったりすることが多い。異性の場合は両者の合意があれば互いの望む形での摂取が可能でもある。
オレは男だから選択の余地はない。
「おーい、こっち」
いつ見ても人気の少ない校舎の階段。最上段の定位置にあの人が座っていた。
「遅くなってすんません」
ぐったりと気怠い四肢を叱咤して小走りで駆け寄ると、携帯から目を離して画面を閉じる。ニコリと笑うハート形の口唇に、自然と口角が上がりそうになるのをグッと堪えた。
「そんな待ってない、大丈夫」
「時間ないですよね、いつもすんません」
「いいってば」
ほら、と手招きされ階段を昇る。一段下から見上げる角度で待ての姿勢をとると、カチカチっと取り出されるナイフ。左手の人差し指をスっと一筋撫でれば走る赤い直線。ぷっくりと滴が浮かび上がる。
差し出された指を口に含んだ。
瞬間、それまでの倦怠感が嘘のように全身の細胞が目覚める。カッと後頭部に閃光が弾けて、ドクドクと頸動脈を通過する血液の音まで聞こえてくる。ゲームでいうならエネルギーゲージがEmptyからFullまで一気に跳ね上がった感覚。ちゅぅっと吸い出した血が止まるのを確認してから、ゆっくりと口を離した。
「…有難うございました」
「ん、気にすんなって」
指先をハンカチで拭ってから頭を下げると、先輩は少し上気した頬に手の甲を当てながら軽く首を振った。僅かでも負担を掛けていると思うと申し訳なくて胸がキリリと痛んだ。
「あの、ホントにオレ、ジョーロでいいんで」
毎週こうやって時間を作ってもらい負担を掛けるのは辛い。他のFlowerと同じようにジョーロから摂取すれば済むのだから、わざわざ同じ大学だから、というアドバンテージでチートじみたWaterをして貰うのは心苦しかった。
「いいって、すぐ終わんだし。わざわざ病院行くのダルいだろ」
「でも先輩の指に毎回傷つけんのも……」
「だから!いいって言ってんじゃん」
毎度毎度、堂々巡りの言い合い。結局押し負けてしまうのもいつものこと。納得いかない顔のまま、じゃあと頭を下げると先輩は満足そうにオレの頭を撫でてから立ち上がった。
「何かおかしかったらすぐ言えよ」
「……ハイ」
「じゃあ、また部室でな」
ヒラヒラと手を振って去っていく背中を見つめる。今週の水やりも終わり、またオレたちは只の先輩後輩に戻る。こんな生活を続けてもう半年になる。
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