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オレが異常に気づいたのは大学一年の夏だった。
茹だるような暑さのもと、クーラーの効いた部屋でぼぉっと寝転がっていた夏休み。バイトもなく、課題もなく、モラトリアムを具現化した存在そのものと化していたオレは、ゲームをするのにも飽きて惰眠を貪っていた。
ふと目が覚めると妙に喉が渇いていた。気怠さに苛まれながら立ち上がり、冷蔵庫からペットボトルを取り出す。面倒くさくてそのまま口をつけて呷ったお茶はぐんぐんと身体の奥まで浸透していった。ボトルの半分を飲み切ってもまだ足りず、カラカラとする喉を押さえながら新しいボトルを開ける。ゴクゴクと喉を鳴らして飲み切ってもまだ足りない。足元がふらついた。少し熱っぽいだろうか。額に手を当てて、ふと思いつく。まさか熱中症か?
抜けない虚脱感を抱えたまま、もう一度ベッドに寝転ぶ。ひたすらにダルい、喉がひりついて痛い、身体が火照っているようだ。あー、やってもぉたか。
壁掛け時計を確認する。時刻はまだ昼下がり。午後イチの診察なら間に合ってしまう。
一人暮らしの大学生、熱中症で死亡───。
不吉な見出しが頭に浮かんだ。一人暮らしで重病にかかるとどれだけ大変なのかは先輩たちの口からも散々聞かされていた。かといって実家は遠く、看病してくれる友人も恋人もいないときたら、あとは自衛するしか手段がない。うんざりしながら起き上がり、洗面所へと向かう。
眼鏡を外してコンタクトにつけかえて、鏡を覗いて
───何とか悲鳴を飲み込んだ。
鏡に映る自分の顔。血の気が引く。誰だ、これは。
まるで一気に十も二十も歳をとったような窶れ具合だった。肌には艶も張りもなく、目が落ち窪んでいる。何が、起こってる?慌てて全身を確かめれば、どことなく萎びた青菜のように皺が寄って衰えている。何なんだ、こんな症状見たことがない。
しゃがみこんで両手で自身を掻き抱く。
まず込み上げてきたのは恐怖。比喩じゃなく全身がガクガクと震えた。どうなっちゃったんだよオレ。続いて浮かんだのは、このまま死ぬのかってこと。どう見ても異常な光景に頭が追いつかない。
不調を隠すために目深にキャップを被り、この暑いのに長袖のシャツを羽織って外に出た。保険証と診察券の入った財布を握り締めて。
駆け込んだ病院でオレの様子を見た医師はグッと変な音を立てて息を飲むと、黙って電話をかけ始めた。繋がった先の名前を聞いた時、目の前に絶望の帳が降りた。
診察室の硬いベッドに横になり、待つこと数十分。駆けつけた黒服の男たちに文字通り抱えあげられて運ばれた先は、国家機関直属の研究所だった。
「単刀直入に申し上げて、あなたはFlowerでした」
絶望には底がないってことをこの時初めて知った。
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