天国にいちばん近い丘で

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 多くの苦難を乗り終え、絆を深め合ってきたエリサ・ベレスティーとサリア・ダスカルタ。出会いと別れを繰り返し凛々しい表情へとすっかり様変わりしていた。  そんな二人が定めように迎えた長い旅の終着地点。  標高4000m級の高山に位置する天空都市からさらに数千メートル高い死地まで登りきり、エリサとサリアは目的地に辿り着いた。  ここまで辿り着くことができたのは、この一年近い旅の中で二人が確かな成長を遂げてきたからだろう。  酸素濃度は3分の1ほどしかなく、気温はマイナス30度。  通常の人間であれば困難を極める登山道を二人は踏破した。  踏破することができた要因は3つ。  一つ目は旅の中での成長と先人の知恵。  二つ目は二人の旅の目的に起因される意志の力、いわば精神力。  そして、三つ目は、”人類が過酷な環境でも生きていけるように人工的な進化を遂げてきたからだった”    西暦と呼ばれた時代は大きな世界戦争の末に終わりを告げ、地球環境の保全と再生のため、数千年の時が流れていた。   「ねぇ、エリサはここまで来れてよかった?  本当のことを知って、何か答えは見えた?」  サリアは思考の果てに曇った表情を浮かべながら、ここまで旅を共にしてきたエリサに質問した。  迷彩型人工衛星「サテライト」      封印された歴史の全てがそこにあった。  ”アカシックレコード”と呼んでも間違いないほどの、膨大な世界の歴史。  山の頂上にほど近い位置に設置された天体望遠鏡を備えたシェルターから、サテライトを起動し、データを抽出し、鑑賞する設備が前時代から秘密裏にここには備えられていた。  二人は数日間かけてその歴史を観賞し、夜の遠望台で黄昏の時を過ごしていた。  まだ16年しか生きていない二人が知るにはあまりに桁違いの情報量。  それを人間の頭の中で整理するのは容易なものではなかった。 「ほんの少しだけ……、答えは曖昧でも自分たちが見失っていたものは見えた気がするよ」 「本当に?」 「うん、人類って、長い歴史を重ねてきて、滅びることはなかったけれど、何時の時代も立派な時代ではなかったんだって、それはよく分かった。    それが理屈だけではなく感情を持ってしまったからなのか、それとも科学技術が発展して、世界を滅ぼしかねないほどの力を持ってしまったからなのか、人間が一人一人違う人間で、個性を持ち合わせた生物だからなのか、それは結局よく分からないけど。  自分たちが今、真剣に悩んでいる一つ一つのことも、全部かつて誰かが一度は真剣に考えていたことなんだって、そう気付くことができたよ」  自分が考えるようなことは誰かがもう考えた後であり、最適解は既にどこかに存在している。  だけど、それを許容できなくて、人はいつも歪んだ未来図を描いては過ちを繰り返していく。  エリサはそのことに気付いた。  そして、その人の業の愚かさに深い哀しみを抱いたのだった。 「じゃあさ……、私たちが悩んでいる全てのことには、すでに最適解があって、私たちが悩んでいることには、本当は意味なんてないってこと?  ただ、私たちは事実を早く受け入れて、許容しなければならないってことなの?」 「そうなのかもしれないね……、ケインズ先生も言ってたよね。  AIを超える最適解を導き出して、人類を幸福に導くことなんて人には出来ないって。  ただ、本当に大切なことは、人類を説得して協調へと導く力だけなんだって」 「それじゃ……、”洗脳するのが正解”って言ってるのと変わらないよ……。  AIの導き出した最適解を理解できるほど私たちは賢くない。  賢くない私たちを納得させる方法なんてどうすればいいの……。  対話では難しいって事実を分からされてしまっただけじゃない……」 「そうだね、だから僕は哀しいよ、それはサリアも一緒だよね。  でもさ、誰かの言うことを無条件に”信じること”ってそんなに悪なのかな? 間違っていることなのかな? 宗教って言われることを信じて信仰することも、法の下で生きることも信じることが違うだけで、本当はあまり変わらないんじゃないかな……」  ただ、エリサもサリアも自分を納得させることが難しいだけなのだと気づき始めていた。 ”ここでは自由に考える時間を過ごせばいい”  シカリア王国の生物学者であり、”本当にあるべき性”を探す旅をこの地まで求め歩いた、エリサをよく知るケインズ・グレイは到着早々に二人にそう告げた。  ケインズは数年前からこの地を訪れ、歴史の鑑賞に没頭し、自らの生物学者として役立つ情報を欲していた。  エリサが自分の望む未来へと進めるよう、ケインズはすでにエリサが男性として生きるか、女性として生きるか、そのどちらでも生きられるよう、処置できる準備を終えていた。  後は、エリサの到着を待つか、自らエリサの下へと会いに行くかのどちらかだったのだ。  歴史の編纂を長年この地で、アンドロイドになってもなお続けて来たティエリア・ベスターもケインズ以来の久々の客人となった二人の生活を保障すると言った。  大きなシェルターの中で、外界とは断絶した形で過ごす日々。  それは、人が容易に訪れることができないこの過酷な地であるからこそ成立できるものだった。
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