1話:理不尽な悪魔

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1話:理不尽な悪魔

「絶対に秘密だね」 「二人だけの秘密にしよう」  これは、僕と兄の(みどり)だけが知る。  両親も、友達も、そして愛猫も。  誰も知らない、とある一日の話。  *    この田舎町にある間宮(まみや)古書店は、亡くなった祖父のお店だ。    僕は祖父の定位置だったレジ前の椅子に座り、ぼんやりと店内を眺める。  天井まで備え付けられた書棚が細い通路の壁際に並び、そこには沢山の古書と、隙間にランタンが並べられている。ランタンといっても、炎を模した間接照明なので燃える心配はなく、その淡い光が狭い店内を優しく照らしていた。 「じーちゃん、ごめんな」  僕は小さくつぶやく。  祖父がこの世を去ってから一年。家族に古書の知識がなく、遂に明日ここを手放すことになっていた。 『(あお)! 一緒に本を読もう』  祖父は僕にも読書好きになって欲しかったようだけど、むしろ活字を見ると眠くなるタイプに育ってしまった。  歳の離れた七歳上の兄の(みどり)は、僕と違い頭脳明晰で読書好きだ。でも、今は東京の一流企業に就職しているので、ここを引き継ぐ訳にはいかないようだった。 「翠も今日来るって言ってたのに、遅いな」  スマートフォンを取り出し『いつ着く〜?』とメッセージを入れる。  ここに一人でいると何をしていいのか手持ち無沙汰になり、僕は机に平積みされた古書を一冊手に取りページを捲った。  目元に少しかかる長めの前髪をいじりながら、文章に目を通してみる。けれど、やはり活字は苦手だと再認識するばかりで、僕は欠伸(あくび)をしながら山積みされた古書の一番上に本を戻した。  その時、更に高く積まれた隣の古書の山から、一枚の古い紙切れが舞い落ちてきたのだ。 「ん?」  その紙には、文字なのかよく分からない何かが羅列されている。  ーー何だ、これ?  僕はそれに手を伸ばす。紙を拾い上げようと触れた瞬間、その手触りに僕は驚愕の声を上げていた。 「うわっ!」  それは確かに紙のはずなのに、まるで何か動物にでも触れているような感触がしたのだ。モフモフの動物を撫でた時に伝わる、滑らかなあの手触りだ。不思議に思い何度も紙の上で手を滑らせていると、不意に尖った端の部分で指を切ってしまった。 「痛っ」  すぐに赤い線がスッと指に浮かび上がる。予想より深く切ってしまったのか、そこから溢れた僕の血液がその紙の上へ一雫(ひとしずく)つたい落ちるのが見えた。 「あ……」  しかし、その紙が血で汚れる事はなく、まるで僕の血液をゴクリと飲むかのように吸収されていく。わずか数秒で、僕の血は跡形もなく消えていた。 「え? え……。な、何だよ。これ!」  恐怖を覚え、僕は思わず紙を放り投げた。  すると、重力に逆らうように天井へ向けて高く浮かび上がった古紙が、白い煙と共にその形を変えたのだ。
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