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旧型のレジが置かれたアンティーク机の上に、一匹の黒猫がしなやかに着地する。
「うわっ! 猫? え? 紙が…………猫!」
その上よく見ると黒猫の背にはとても小さな翼のようなものまでついている。完全にパニック状態となった僕に追い討ちをかけるように、更なる衝撃が襲った。
「俺を呼んだのはお前か?」
ーーしゃ、喋った……!
小さな体の見た目からは想像もできないような低音の渋い声で猫が喋った。そこで僕の混乱はピークに達し、思考が完全停止する。
ピィイイーーー。
火にかけたヤカンの水が沸騰した時に鳴るあの高音に似た、限界を告げる汽笛が僕の脳内で鳴り響く。
「おい、お前。聞いているのか」
ピィイイーーー。
フリーズし続ける僕に痺れを切らしたのか、黒猫が僕の手に触れた。肉球のぷにっとした感触が伝わり、僕の思考がようやく回り始める。
ーーあ、この愛すべき感触。猫だ、喋るけど猫だ。ちょっと喋るだけで、大好きな猫じゃん!
猫好きで異常にポジティブな僕の思考が、とりあえず現れたのが猫でよかったのではないかという楽観視への道を進み始める。
もしこれが虎や狼の姿だったなら、恐怖でもっと酷いパニックになっていたはずだ。
「俺を呼んだのはお前か?」
「……呼んでませんけど」
問いに答えると、猫の眉間に皺が寄った。
「どういう事だ?」
そんな事を聞かれても、むしろ僕がそれを聞きたい。なぜ急に現れ、なぜそんなに横柄な物言いなのか。厚みのある低音の声と小さな黒猫の可愛い姿があまりにも不釣り合いで脳がバグりそうになる。
「お前が俺と血の契約をしたのだろう?」
契約という言葉に全く心当たりは無かったけれど、『血』の方には不本意ながら身に覚えがあった。
「それって、もしかして……」
まだ血の滲む右手の人差し指を見せると、ご立腹な黒猫は今度は呆れたように大きな溜息を吐いた。
「え? や、やっぱり、これのせいなの?」
遠慮がちに訪ねると、僕の問いに答えるように、黒猫がゆっくりと語り始める。
彼は魔界最強の悪魔で、名をリヴというらしい。
人間の血液を吸収する事で、その人物と血の契約を交わすという。その内容が、契約者の願い事をなんでも一つ叶えるというものだった。
「魔界最強が猫で大丈夫なのか?」
思わず魔界を案ずる心の声が出てしまい、猫……ではなく悪魔・リヴにギロリと睨まれる。予想以上に瞳に迫力があり、僕は後退りした。
「と、とにかく! 願い事を言えばいいって事だよな?」
焦って問いかけた僕の言葉に、リヴが意味ありげに目を細める。
「まあ、一応……そう言う事だ」
その様子に違和感を覚えたものの、願い事へ意識が向いていた僕の頭の中からは、その小さな違和感はすぐに抜け落ちていったのだった。
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