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小さい頃から夕飯はお母さんと二人きりだった。
お父さんが帰ってくるのは朝の三時。それからお風呂に入って、布団に入るのが四時。私の起床時間は熟睡中。朝ご飯を食べて、幼稚園や学校に行く支度をして、家を出るときも熟睡中。んで、私が部活を終えて帰ってくる頃にはお父さんは仕事に出かけてる。
玄関を飛び出してきたお父さんと家の前で鉢合わせることもあるけど、そういうときは遅刻寸前。
「おかえりー! 行ってくるよーーー!」
と、叫びながら車に飛び乗って行ってしまう。
土日もやれ結婚式だ、なんかのパーティだと出かけているし……そう考えると朝も昼も夜もお父さんといっしょにご飯を食べたことなんてないかもしれない。
だから――。
『日付はとっくに変わって二十五時。平日のこんな真夜中に起きてる悪い子は誰かなぁ?』
「悪い子じゃなくて切羽詰まった受験生さんですよー」
『なになに~? まだ寝るつもりはないってぇ?』
「模試の結果がやばかったですからねぇ。寝るつもりはないっていうか寝てる場合じゃないっつうかぁ」
『まったく仕方がないなぁ。それでは引き続き、ビーバー伊東がお相手! 次のリクエスト曲は……』
お父さんの陽気でちょっとカッコつけた声に続いて何年か前に流行った曲が流れ始めた。
「お父さんの声を聞きながらご飯を食べるって……なんだかすっごく不思議な気分」
くすりと笑って私は夜食のカップ麺をすする。
平日の二十五時。明日も仕事や学校があるからお母さんもご近所さんも寝てる。冬の街はしん……と静まり返ってる。
きっと起きてるのは自由登校期間で学校にも行かずに受験勉強してる私と――。
「……と、いうわけでお聞きいただきました! がんばっているキミへの応援歌、そんな一曲!」
絶賛お仕事中なお父さんくらい。
渋くてカッコイイ声なんて世間では言われてるけど、うちのお父さん、ただの太ったおっさんだよ? 真夜中に流れるこのラジオを聞いてる人たちはわかってんのかな、なぁんて思いながらパン! と手を合わせる。
「ごちそうさまでした!」
『元気が出たら、さぁ、もうひとがんばり!』
「へいへーい、切羽詰まった受験生さんですからね。もうひとがんばりしますよー」
『でも、無理してがんばる子は悪い子だぞぉ?』
平日の二十五時。明日も仕事や学校があるからお母さんもご近所さんも寝てる。しん……と静まり返った冬の街に響くのは――。
『いい子なキミはこのラジオが終わるまでに寝るように。ビーバー伊東との約束だぁ!』
「へいへーい」
『それじゃあ、次の一曲!』
私と、ラジオから聞こえる陽気でちょっとカッコつけたお父さんの声だけ。
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