言えなかった言葉

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目を覚ましてベッドから出ても、その「自称かわいい妹」はそこに立っていた。 泥棒? 強盗? とてもそんな感じには見えない。 「お兄ちゃんは、私のことが見えるんでしょ?」 「あ、あぁ……」 「どう? 私に起こされて、嬉しかったでしょ?」 「……っていうかさ、キミ、誰?」 「あは! やっぱり私が見えるんだ!! やった!!」 「あぁ、見えるよ。でさ、キミは誰なんだ?」 「私はユリ。お兄ちゃんの理想の妹! ねぇねぇ、もっと喜んでよ!」 まぁ、確かにユリちゃんはかわいいし、こんな妹がいたらいいな、とは思っていた。 しかし、この状況はいったい何なんだ? 「で、ユリちゃん……だっけ? ユリちゃんは何しにこんなところに来たんだ?」 「何しに来たって? それはね、私のことが見える人に、お願いがあって来たの」 「さっきから見える見えるって、じゃあキミは見えない存在なのか? 例えば、幽霊とか」 「正解!」 そう言って、ユリちゃんは手を差し出してきた。 「握手、してみる?」 こんなかわいい子と握手ができるという喜びを隠しながら、俺はそっと手を伸ばした。 ?! 俺の手は、彼女の手をすり抜けた。 「ね? わかったでしょ? 私には体がないの……」 「あぁ……ユリちゃんが幽霊だってことは、なんとなく分かった。で、どうして俺のところに化けて出たんだ? 俺はキミのことなんてまったく知らないんだが……」 「私だって、お兄ちゃんのこと、知らないよ」 「は? じゃあ、なんでここに来た? この土地の地縛霊とかか?」 「えっとね、お兄ちゃんのところに来た理由……それはね、紹介されて来たの」 「誰に?」 「幽霊ネットワークのみぃちゃんに」 「は?」 俺はますます混乱した。 なんだこの設定は。 「幽霊ネットワークのみぃちゃんがね、あの家に化けて出てごらんって。私みたいな子がタイプらしいから、何でも言うこと聞いてくれるだろうよ、って」 なんだよ、その幽霊ネットワークって…… そして、幽霊たちの間で、俺の嗜好が広められているのかよ…… 「その、幽霊ネットワークとやらでは、なんだ、その……俺がどういう子が好きかとか、そういう情報が出回っているのか?」 「うん。みぃちゃんがね、情報提供者なの」 「みぃちゃん……」 「みぃちゃんの言ったとおりね。ほら、お兄ちゃん、こんなラノベばっかり読んで」 ユリちゃんは、俺の部屋に散らばっているラノベを指さした。 そのラノベは、異世界転生したらかわいい妹がいたという設定の物語だった。 「みぃちゃんがね、お兄ちゃんはいつもこんな本ばかり読んでいるから、妹キャラとして化けて出たら絶対喜ぶはずだ、って」 はいはい、そうですか…… まぁ、否定はしませんよ…… 「ねぇ、お兄ちゃん、もっと喜んでよ! かわいい妹、ずっと欲しかったんでしょ?」 あぁ、喜んではいるさ、こんな夢みたいな状況に。 ただ、頭が追いつかない。 「ユリちゃんは、俺にしか見えないのか?」 「そうだよ。お兄ちゃんにだけ見える、って設定で化けて出たんだから」 「なんだよ、その設定って」 「幽霊が姿を見せるのって、大変なんだからね! ガチャ引きまくって、やっとレアカードの『可視化SEC』出したんだから!」 「……幽霊の世界も、ガチャなのかよ」 そんなこんなで、俺とユリちゃんとの生活が始まった。
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