言えなかった言葉

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ある日のこと。 ユリは俺にお願いをしてきた。 「お兄ちゃん、勉強教えて!」 「ああ、いいよ。何教えてほしい?」 「あのね、私、小六で死んじゃったから、歴史の勉強、最後までやってないの」 「そっか、なら幕末から明治の勉強でもしに行くか」 五月の函館(はこだて)は花見シーズンだ。 内地の方では、桜といえは四月なのだろうけど、ここは函館。 桜前線はようやく上陸してきたところだ。 俺たちは、「五稜郭(ごりょうかく)公園」を訪れた。 「わたし、函館に住んでいたのに、あまり観光名所みたいなところ、行ったことなかったの。連れてきてくれてありがとう!!」 「おお、それはよかった。ええっと……明治政府に反抗した旧幕府勢力は、この函館の地に移住して、蝦夷(えぞ)共和国を建国したんだ。その本拠地がこの五稜郭だ」 「へぇ~、日本の中に別の国を作ったんだね。で、一番偉い人は誰だったの?」 「蝦夷共和国の総裁は榎本武揚だよ。選挙で決めたんだ」 「すご~い! 選挙で決めるだなんて、明治政府よりも進んでいたんだね!」 「でも、さすがに明治政府が蝦夷共和国を容認するわけがない。戊辰戦争で蝦夷共和国は滅ばされてしまったよ。その戦いの場となったのが、蝦夷共和国の首都、函館。この五稜郭だよ」 俺たちは、五稜郭タワーに登った。 ユリは幽霊だから、展望エレベーターの料金を払わずにこっそり乗り込む。 「下にいるときはわからなかったけど、五稜郭ってちゃんと星型になっているんだね!」 タワーから見下ろすと、五稜郭が星型の要塞であることがはっきりと分かる。 「ねぇ、お兄ちゃん、下の公園でやっているチャンバラ、見てみたい!」 「ああ、いいよ」 俺たちは、五稜郭公園内でやっているショーを見ることにした。 函館の戦いをテーマにしたパフォーマンスだった。 新選組の土方歳三(ひじかたとしぞう)が、明治政府軍と戦うお話だ。 「ねぇ、あの役者さん、かっこいいよね!」 「え? あぁ、あの人か。まあ、そうだな」 「あの役者さんね、去年もこのステージに出ていたんだよ! それでね、お友達のアヤちゃんと一緒に推していたんだ~」 「そっか、ユリはそんな推し活をしていたんだ」 五稜郭公園を出た俺たちは、市電に乗って、「元町」の方へと向かった。 元町も観光地として有名だ。 「ほれ、ペリーの銅像だよ」 「ペリー! 聞いたことある。えっと、浦賀にやってきて、日米和親条約を結んだ人だよね!」 「ユリ、よく知ってるな」 「うん、一応、中学受験するために勉強してたから」 「日米和親条約で函館が開港した。それを記念して、この銅像が建てられたんだ」 「うん! 和親条約で開港したのは下田と函館!」 「正解! よく覚えていたな、偉いぞ!」 「やった! お兄ちゃんに褒められた!」 「よし、次は肝試しに行くか」 俺たちは、「外国人墓地」へと向かった。 幕末に開港した函館には、たくさんの外国人が訪れた。 不幸にも、長い船旅を経て亡くなった外国人もいる。 そんな外国人のための墓地が、函館にはあるのだ。 「どうだ? 外人の幽霊とか見えるか?」 「う~ん、幽霊なんていないよ」 「それもそうか……あれから百年以上も経っているもんな。でも、幽霊と一緒に墓地に来たのは、きっと俺だけだろうな」 「あは! そうかもね」 俺は、外国人墓地の心霊スポットに向かった。 「え……なにこのお墓……怖い……」 赤墓と呼ばれている、真っ赤なお墓だ。 「ユリ、おまえ幽霊だろ。墓を怖がるのかよ」 「だって~、幽霊でもこのお墓は怖いよ~ 真っ赤なお墓なんて初めて見たよ」 「この墓の裏に彫られている漢文を読めてしまうと、死ぬって話だぜ」 「え~?! 怖い……」 「いや、ユリはもう死んでいるだろ」 「あ、そっか」 幽霊でも怖がるってことは、本当に怖いってことだな。 実を言うと、俺もあまり赤墓の前では長居はしたくない。 俺たちは、家に帰った。 ユリと一緒に五稜郭に行けたのも楽しかったし、幽霊と一緒に肝試しをしたなんて、きっと俺だけだろう。 いい一日だったな。 俺はそう思った。
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