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詳しく話を聞こうとしたところで、玄関先で揉めているところを通りすがりの人に凝視されていたことに気づいて、鈴葉はあまり気の進まない様子ながらも、要を家の中へと入れてくれた。
幽霊屋敷のような外観から、蜘蛛の巣の一つも覚悟していたのに、どうやら杞憂であったようだ。
歩くとぎしぎしと音のする床や、ところどころ剥がれている壁紙など、かなり老朽化はしているものの、埃っぽさなどはなく、家の中は住むのに問題はない程度に清潔に整えられている。
……とはいえ、鈴葉は何故、わざわざこんな場所を選んだのだろう。
「引っ越すにしても、なんか……他になかったのか?」
「あそこに引っ越すまではここに住んでたんだ」
「……悪い」
流石にデリカシーのない発言をしてしまったかと謝ったが、鈴葉は軽く笑って「ううん」と首を横に振った。
「処分もせずに放置してあって、酷い状態なのは本当だから…。一応、取り急ぎ中だけ業者に掃除してもらったんだけど」
よかったら座ってと勧められたソファは、鈴葉の部屋に置いてあったもので、馴染みのあるアイテムに妙にホッとして腰掛ける。
座って改めて家の中を見回すと、本格的な洋風の造りだということがわかった。
通ってきた吹き抜けの玄関ホールも、二階へと続くアーチ階段に付いたロートアイアンの手摺のデザインが優美で、照明はシャンデリアでこそないが、凝ったデザインのダウンライトだった。
保存状態が良ければ、アンティークの洋風建築として、カメラを持って訪れるような物件なのではないかと思う。
賃貸で住んでいたような口ぶりではなかったので、家族と住んでいたのだろうか。
興味深く観察していると、鈴葉は奥から椅子を引っ張ってきて、それが今の心の距離なのか、ソファから少し離れた場所に座った。
「……あの……要はどうしてわざわざここまで?」
「どうして、って……恋人が何も言わずに姿を消したら、探すだろ、普通」
「恋人……」
頼りなさげな声音に、違うのかよ、と肩を落とす。
どうして、なんて聞かれてしまうこと自体、心外だ。
「……なあ、さっきから俺ら、全く噛み合ってないような気がするんだけど」
言いかけて、ハッとする。
「……まさかお前、俺とのことは遊びだったのか……!?」
「きゅ、急にそんな役に入られても」
「いや、お前が微妙なとこ復唱するから、つい」
わりかし本気だったけど。……とは言えず、冗談めかして笑った。
鈴葉は笑ってはくれず、深刻な表情で俯く。
「でも……本気になられても迷惑だと思うし」
「何でそれが迷惑なことになるんだよ」
「本気になったら……、絶対、面倒な奴になるから」
「面倒?」
「上手く言葉にできないくせにわかってほしいとか怒ったり、一人でいたいのに放って置かれたら寂しいとか思ってたり……」
「あー……多かれ少なかれ、誰にでもそういう時ってあるんじゃね?自分の気持ちを百パーセントコントロールできる奴の方が少ないだろ」
面倒というほどのことかと宥めても、鈴葉は頑なに首を横に振った。
「『多かれ』の方だから、きっと呆れると思う」
その『必ず呆れられる確信』はどこからくるのだろう。
いっそアイデンティティーにできそうなほどの自信である。
鈴葉はとても真剣に悩んでいるようだが、要は逆に、暗闇に光明を見たような気持ちになっていた。
「そんなに俺に面倒な奴って思われるのが嫌なのか?」
「それは……要からそういう目で見られたら、やっぱり辛いから……」
つまり、鈴葉は要のことが嫌になって出ていったわけではないということで。
「お前やっぱり俺のことが好」
「だ、だから……っ、好きになっちゃったって、言っ……、」
みなまで言わせず叫んだ鈴葉は、真っ赤になった顔を両手で覆ってしまう。
その姿を見て、安堵と共に愛しさが込み上げてきた。
可愛すぎて、今すぐめちゃくちゃにしてやりたい。
……それをしてしまうと元の木阿弥なので、今はグッと堪える。
「……あのなあ、撮影の現場では、文字だけの台本を渡されて、自由に演じろと言ったくせに理由も言わずリテイク繰り返す監督の真意をひたすら探る作業で終わるなんて時もあるんだぞ?面倒なのは慣れてるっていうか、むしろ燃える。何だよ、俺ってば面倒な奴と相性バッチリじゃね?」
説得しながら、最終的に自分で納得してしまった。
要の中では大変腑に落ちる結論だったのだが、鈴葉はポカンとしている。
「……………そ、……そんな発想は、全くなかった……」
「もちろん、今までお前がそんな風に考えてたこと、ちゃんとわかってやれなかったのは悪かったと思ってる。言い訳になるけどよ、あんまりお前のこと深く探ろうとしたら、逃げちまうんじゃないかって怖かったんだ」
「それは、そうかも……。いちいち先回りして気を遣ってもらうのもそれはそれで負担だし」
やけに神妙な面持ちでそんなところに頷いた鈴葉が可笑しくて、つい吹き出した。
「ぶはっ……面倒だな」
「ぅ……」
要は立ち上がり、鈴葉の前に立つ。
「鈴葉」
「……、」
見上げる瞳は、揺れていた。
好きだと告げた時と同じように。
「お前のそういう、素直そうな顔していきなり変化球ぶっ込んでくるとこに、俺は参ってんだよ」
「んっ…」
屈んで、軽く口付ける。
唇を擦り合わせて、啄むと閉じていたそこが開いた。
吸い込まれるように舌を差し込み、ちゅっと音を立てて吸ってから顔を離す。
「……っ……、……なあ、鈴葉」
「?」
「寝室、どこだ?」
触れてしまったら我慢ができなくなったので、欲望丸出しで聞くと、鈴葉は一瞬驚いたように目を瞠ってから、呆れたような、諦めたような、咎めるような視線を向けてくる。
「……要……」
「ははっ……その顔!やっぱお前は最高だな」
何が最高って、そんな顔をしているのに、顔は赤いまま、微かに震える手は縋るように要のジャケットの裾をしっかり掴んでいるところだ。
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