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「よ。今日も遊びに来てやったぞ」
「あ、ありがとう……?」
知り合って以来頻繁にやってくる要を、鈴葉はいつも少し驚いたような顔で出迎える。
もちろん要は「遊んでやっている」とは露とも思っていない。ただ、「いつも付き合ってくれてありがとう」などとわざわざ言うのは照れ臭いので、こんな風な言い方になるだけだ。
それなのに素直に礼を言われて、苦笑する。
「お前ってのんびりしてんな…。そこは「頼んでない」とかツッコミ入れてもいんだぞ?」
「そ、そうなんだ…?あの、お茶…淹れてくるから」
「おー、あんま気を使うなよ」
厚意には素直に甘えて、勝手知ったるなんとやらでリビングのソファを陣取ると、普段あまり物の乗っていないテーブルの上に珍しく雑誌が置いてあるのに気付く。
表紙の自分と目が合い、何でこんなところにと思いながら手に取った。
撮影のことを思い出しながらぱらぱら見ていると、鈴葉が湯呑みと急須の乗ったトレーを手にこちらに向かってくる。
「これ、お前の趣味?違うよな」
「えっ!」
撮影用の衣装をはだけた自分が写っているページを示しながら聞くと、驚きの声をあげた鈴葉は、取り落としかけたトレーを慌てて持ち直した。
「ぁ…あの、たまたま本屋で見かけて要に似てると思って、驚いて…。…………、そうしたら本人だった…」
「……くっ……、ははっ!お前、面白いな」
見つけた時点で『このマンションに住んでいるのだからやはり……』などと考えないあたりが面白い。
いつも要の想像の斜め上をいくリアクションなので、一緒にいると飽きないのだ。
「んで、わざわざ買ってくれたのか」
「あ……、な、なんとなく。有名な雑誌だし、折角だから?読んでみるのもいいかと思って」
この雑誌には、役者としての仕事が軌道に乗る前にはモデルとしてよく世話になった。
その縁で貰ったり買ったりしてたまに読むが、鈴葉の言う通り、自分の趣味ではないものというのも、世界が広がって面白い。
「ファッション雑誌でも色んな特集やるけど、基本的に恋愛と自己啓発がテーマだよな。『自分自身を探る』…『運命の人と出会うためのメソッド』…なんか定番だな」
「こういうの…今まで読んだことなかったから、興味深くはあった」
「運命の人と出会えそうな気が?」
「そ、それは……あんまり縁がなさそうだけど。まあでも恋愛以外にも応用できそうだし……」
「縁ないのかよ」
「逆に、ありそうに見えるのか聞きたい」
要が笑うと、鈴葉は唇を尖らせる。
別に、馬鹿にしたわけではなく、縁がないらしいと知ってほっとしただけなのだが。
鈴葉は、野暮ったい髪型や服装で今ひとつパッとしないように見えるが、よく見ると綺麗な顔をしている。
性格も素直で、一緒にいて嫌な気分になったことはない。
これで恋愛に縁がないとしたら、本人がそれを強く望んでいないという、ただそれだけのことだろう。
「……。なら、俺はどうだ?」
「……………………は?」
「お前、ガチのノンケではないだろ。自覚があるか知らねえし、別に根拠もない、ただの勘だけど」
言いながらソファから降りて、ラグの上で困惑の表情を浮かべている鈴葉との距離をさりげなく詰める。
「えっ……、そ、そんなこと、……突然、言われても……」
「考える余地があるなら、試してみようぜ。それ買ったくらいなんだから、俺の顔は嫌いじゃないんだろ」
出会ったその日から、惹かれていた。
全く脈なしだと思えば、それ以上を求めたりはしなかっただろうが、相手も自分に興味があるようだと知って、アクションを起こさずにいられるほど枯れてはいない。
「えぇ…、それはそういう意味じゃ…。…ぅ………ほ、本気?」
「ああ、本気だ。…お前にとっては、突然だったかもしれねえけど……、」
鈴葉が頷けば、最終的に、運命だったと言わせる自信がある。
要は戸惑いで揺れる瞳に吸い込まれるように、顔を近づけていった。
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