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挨拶もそこそこにマネージャーの車を降り、足早に自分の部屋へと向かおうとした矢先、スマホから無粋な着信音が鳴り、七瀬要は秀麗な眉を軽く顰める。
しかし表示された発信者の名前を見ると、少し悪い顔で笑い、迷わず通話ボタンをタップした。
「……俺だけど。こんな日に何の用だよ」
『一年以上ぶりに連絡してきた相手にそれ?相変わらずだなあ、カナメは』
わざわざ不機嫌な声音で対応したというのに、電話の向こうの相手は怯んだ気配もない。
要もそんなことを気にするような相手ではないことはわかっていたので、「アキラ、お前もな」と声音を和らげた。
「どうせまた振られて、一人のメリークリスマスが寂しくて電話してきたんだろうが、生憎俺は今からお楽しみなんだよ」
今すぐにでも自室へと走って行きたい気持ちを抑え電話を取ったのは、ただ単にこの男にそれを自慢したかったからだ。
案の定、電話の向こうで激しく驚愕した気配がした。
『嘘でしょ!?芸の道に色恋は不要なんつって今も清い生活してるかと思って連絡したのに!裏切られたのでファンに通報しました』
「おい!?」
『え~だって、今は恋人もいないし、目に入れても痛くないほど可愛がってた友達には恋人ができちゃったから寂しくてさ~』
「完全にただの八つ当たりじゃねえか…タチ悪ぃぞ…」
一応、そんなことをしないと思っているからこそ話したわけだが、切実な声音を聞いていると少し不安になる。
電話の向こうの相手、アキラは、今すぐトップアイドルになれるキラッキラの美形である。頭の回転が速いので話も面白くて、何の仕事をしているのか知らないが金回りも良さそうな上、性格は男前(多少闇は感じる)という、多くの女性の理想の恋人のような男だが、好みのタイプが『昼は鬼軍曹、夜は可愛く乱れるゴリラ系のイケメン』なので、己の恋愛対象からは概ねモテないという深い業を背負っているのだ。
天は二物ぐらいは与えてくれても、マックスが十だとしたら九までしか与えてはくれないというのが要の持論である。
『あーあ、こんなことなら電話するんじゃなかった』
「フッ、残念だったな。俺はこれからあいつの作った美味いメシ食って思う様イチャつく予定だから、もう切……」
話している間に自室へと辿り着き、解錠しながら電話を切り上げようとして、ドアを開けた瞬間。
真っ暗な室内に要は絶句した。
『うん?どうかした?』
「何で真っ暗なんだよ」
『俺に言われても。外出中とか…もう寝ちゃったとか?』
「…室内が冷え切ってて人がいた気配がねえ」
玄関に靴がないので、不在なことは確実だ。
電気を点けて室内を確認するが、数時間前まで人がいたような室温ではない。
まさか、と嫌な想像をした時。
『ははあ。すっぽかされ』
「バッ……馬鹿言え!何か理由があって自分の部屋で待ってるとかだろ!」
まさに思い浮かべそうになっていたことを言われて、慌てて否定した。
再び電気を消し、靴を履く。
『今から行くの?』
「あいつは同じマンションに住んでんだ」
『あっ、そう…。何、囲ってる的な?』
呆れたような声に、なわけないだろと眉を顰めた。
何故そんな発想になるのか。この男の思考回路は謎が多い。
「たまたま知り合ったんだよ」
『それって……や、こんなこと言わなくてもいっか』
「何だよ、言いかけてやめんな…」
一つ上の階に住んでいるだけなので、すぐに目的地に辿り着き、嫌な予感がしつつも合鍵で解錠する。
そして、室内へと足を踏み入れると、広がった光景に、要はまたしても言葉を失った。
『急に黙ってどうかし……あ、もしかして』
「……いねえ……」
『あー……』
「つーか、……………何もねえ」
『え?』
「靴が……いや、それ以外も……家具とかも、全部……」
『えっ…………………………!?』
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