0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
予備校へ
予備校の体験入学を申し込んだ2人は、相変わらず美術室でデッサンを描いている。
等々力西高等学校は美術に力を入れていると聞いたことはないが、美術室は充実していた。
ハッキリ決めたわけではないにしても、航と浩太は本格的に絵の勉強をする世界を垣間見た。
勉強の意味とか、将来への不安とか、心のうちにあったわだかまりを解決してくれる予感があった。
相変わらず白くてツヤツヤで、角度を変えられる机の上でカードゲームに興じる同級生たちの話し声を聞きながら、サラサラと鉛筆を動かす。
気取って画家のポーズを取るでもなく、無心に石膏像の陰影を追いかける2人。
俊栄で見た衝撃的なアトリエの光景が、脳裏をよぎる。
不安と期待が入り交じり、手に力がこもる。
「航、ちょっと画材屋さんを見て行こう」
不意に浩太が声をかけた。
「そうだな。
俺もそう思っていたんだ。
パンフレットに道具が書いてあったし、ちょっと揃えてみたくなってたんだ」
浩太は切り替えが早い。
鉛筆の高い音を聞くと、航も片付け始めた。
談笑する生徒たちの声が絶えない学校。
航と浩太は、絵を描くようになってから黙々と過ごすようになった。
表現することを探究し始めたとき、言葉が影をひそめたのだろうか。
廊下にはスマホをいじる生徒や、並んで笑い合いながら歩くカップルもいる。
窓の外にはざわめく木々と木漏れ日。
今日は晴れたいい天気だったのだ。
ほとんど屋内で過ごしたので、陽を浴びることなく暮れていく。
帰り道は影を長くする。
「俊栄に画材屋さんがあるから、行ってみようぜ」
浩太の声で我に返った。
「うん」
後戻りできない一本道を行くように、また美術の殿堂のような施設へ向かう。
多分、幸せとは程遠い世界が待ち構えているだろう。
でもやるしかない。
航はくちびるを噛みしめて、手の平を見た。
この手で何を掴むのか。
鉛筆で薄汚れているが、絵を描いて生きていこうなんて考えたことがなかった。
目指すところは、あまりにも遠く、あてもない。
最初のコメントを投稿しよう!