第104話 イグレシアス家の人々

2/3
前へ
/476ページ
次へ
「そのとおりだよ。聖獣キメラの亜種なのだけれど無害でね。らせん形の角を持った特殊なもので、尾の尻尾も獰猛(どうもう)ではなく、毛を刈るときにキャンディーを上げると喜んでくれるし、前足は猫の手のようでモチモチしているんだ。それから取れた毛はとっても温かいし、弾力があるんだ!」 「ですよね。ヌイグルミをギュってすると、とっても幸せな気持ちになります」 「素晴らしい。良かったら今度工房に来ないかい? 新作の意見が聞きたい」 「え、いいんですか? 楽しみにしています」  和気あいあいと話す私の隣に居たルークは「人たらしのアイシャ」と呟いていた。  私はルークから贈物と渡された猫のヌイグルミを抱きしめる。彼の両親は終始「可愛い」「並んで可愛いぞ」と遠巻きに嬉しそうにしている。なかなか賑やかなご家庭なようだ。  温かな家庭で、ルークのような感情がそぎ落とされた少年が育ったのかは、ある意味なぞだが。たぶん、色々とあるのだろう。 「それにしても、ルークはなんで私がヌイグルミ好きだってわかったの?」 「見ていたら分かる」 (相変わらず、すごい洞察力だわ) 「……それでアイシャ。生誕祭三日目の夜、ダンスパーティーで同伴を希望してもいいか?」 「!?」  唐突の申し出に私は目を見開き、ルークの両親たちは歓喜の声を上げた。  生誕祭最後の夜。空に舞い上がる花火、眩いシャンデリアの下で男女一組で踊る。それは物語にあるような華やかな舞台。  ヴィンセントという婚約者がいた時ですら、社交界に出たことが殆どなかった。あるとすれば前回の記憶で魔法学校に入学したときだろうか。  ドレスもある。踊りも練習してきたので令嬢の(たしな)みとして覚えていた。 「ありがとうルーク。でも婚約者を失った私が急に他国の宰相の息子と踊ったら、イグレシアス家の評判に傷が──」 「その程度で傷つくほどイグレシアス家は小さくない」 「むしろ敵が分かりやすくてやりやすいわね。アナタ」 「そうだな、アリシア。イグレシアス家の恐ろしさを理解していないようだ」 「義理妹になるかもしれないのだろう。ならば……容赦などしない」 (ぎ、義妹!?)  家族全員一致の見解に私は「ダンスのお相手、よろしくお願いいたします」と頷くしかなった。なんとも頼もしい一家だ。  ***
/476ページ

最初のコメントを投稿しよう!

888人が本棚に入れています
本棚に追加