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私のために声を荒げてくれる人も、庇うものもいなかった。無理もない。私の味方は、既にこの世に居ないのだから。
「さよう。今ここでアイシャ殿の聖印を、本来の持ち主であるリリー殿に献上することこそ、女神ブリガンティアの望みなのです」
高らかな声を上げて賛同するのは教会の上層部の一人、ケニス大司教──いや、少し前に枢機卿に昇格した男だ。そして私の大切な恩師、友人を罠にかけて処刑にした張本人。私はありったけの殺意を男にぶつける。
「……ケニス枢機卿」
「さあ、ここで聖女の証を返却くださいませ、アイシャ殿」
「それだけでは足りん! 我がキャベンディッシュ家に泥を塗った責任として、アイシャ=キャベンディッシュを国外追放、その身分も剥奪を言い渡す」
今度はキャベンディッシュ公──私の父が壇上に姿を見せる。まるで三文芝居のように必要な登場人物がぞくぞくと舞台に上がった。家族すら守るどころか、切り離す。いや私は彼らにとって家族ではないのだろう。
ヴィンセント皇太子の最後の慈悲というべきなのか、国外追放は免れた代わりに魔物が多い辺境の地で静かに暮らすことになった。
聖女の力を失っても、私の手元には《審赦の預言書》は残っていた。焼いても、川に沈めても手元に戻ってくる忌まわしい本。
未来を変えることを諦めても予言は書き足され、ページを埋めていく。
辺境の地での生活は静かで平穏な日々だった。亜人族の子たちとも仲良くなり、少しだけ生活が楽しく思えた。聖女として魔物討伐など、野宿や旅をしていた経験もあって、公爵令嬢よりも庶民に近い暮らしを短期間でもしていたのが良かったのかもしれない。
預言書に書かれた未来を変えようと足掻いた十代だったけれど、その運命を覆すことは出来なかった。ううん、婚約破棄を言い渡されてすべてを失ったときに、私は諦めてしまったのだ。
未来を変えようなんて考えを捨てた。出来るだけ静かに、生きようと。
そう、誓ったのに──。
それから三年。
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