第2部 第27話 譲れないもの(ルークの視点4)

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 歯噛みしながらアイシャの部屋に向かう。カーテンレールで仕切られた大部屋に足を踏み入れる。ベッドを二つ挟んだ向こうにレオンハルトが眠っているらしい。  未だ眠っているところを見る限り、肉体的な負荷が思っていたよりもかかっていたのかもしれない。それに気付いたからこそアイシャは一度に回復する類いの魔法ではなく、少しずつ治癒するほうにシフトした。アイシャの判断は正しかったのだ。 (適切な治療だったのに、俺は嫉妬で目を曇らせた)  眠っているアイシャには清浄魔法が掛かっていて、すやすやと規則正しい吐息で眠っている。魘されていたら、と不安だったがその心配は杞憂だった。 「んっ……」  そんなことはなかった。眉を寄せて、顔を曇らせる。いつものように抱き寄せようと手を伸ばすが、それが途中で止まった。 (望んでいるのは俺ではなく、レオンハルトなのでは?)  そう思うと、どす黒い感情が自分の心を染め上げる。どうしてもアイシャとレオンハルトの二人の姿が脳裏に焼き付いて離れない。  ふとアイシャの手が何かを探しているのかのように、動いた。いつもならその手を取って安心させてきたが、今はその手を俺が取って良いのかわからなくなった。 (この手は俺ではなく、レオンハルトを求めているのではないか?)    業腹だが、アイシャが望むのならこの手を取るのは俺ではなく──。  そう思い、その場を去ろうとしたところで、アイシャは俺の手に触れた。 「……ク、だめ。……いかないで」 「アイシャ、大丈夫だ。レオンハルトなら」 「ルーク」  息が止まった。  後頭部を殴られた衝撃で「え、は?」と声が漏れ、上手く感情が整理できない。  ずっと悪夢に魘されていたのは、レオンハルトの事だけだと思っていた。元々レオンハルトから離れたのも、あの男を守るためだった。アイシャの予知夢は『現状であり得る可能性』を夢にして見せるという。 (レオンハルトに死の予兆があったから、ずっと回避するために悪夢を見続けていた。でもそれを俺は……)  つまり高確率でレオンハルトが死ぬ可能性が高かっただけで、アイシャはその未来をどうにか変えたかった。今回、レオンハルトが生き残り、アイシャが転職昇華(クラスアップ)を行ったことで未来が変わったとしたら、次に見る予知夢は、新たな懸念事項となる。  そう考えてゾッとした。  夢の中でアイシャは何度も、何度も出口のない暗闇を歩き彷徨いながら、誰も死なない未来を探し続けているのだ。 (俺はなんて愚かだったんだ。レオンハルトに嫉妬して、アイシャの苦悩を、努力を、すぐ傍で見ていたのに、気付けないで……)
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