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たまたま都合のいい人間がいたから、埋め合わせをした。そう彼は感情もなく淡々と答えた。
長い灰色の髪を鷲掴みにされて、私は処刑台に押し付けられる。足掻いてもそれ以上の力で頭を押さえられて、抜け出せなかった。
女神ブリガンティア。これも試練だというのですか……! こんなことになるなら……!
もっと自由に、我儘に生きればよかった。息を殺して、耐え続けた人生。もっと公爵令嬢として、聖女として縛り付けられた運命と戦っていれば──!
都合のいい願いだと分かっていても、願わずにはいられなかった。
もし時間が巻き戻るなら──今度こそ全ての運命の糸を叩き折って見せる。
私の意識が途絶える瞬間、赤い糸が嘲笑うかのように揺らいだ気がした。
帝国暦二〇七七年八月三一日。
処刑されたのはアイシャ、二十一歳。
キャベンディッシュ公爵の長女。しかし魔法学院卒業の際、キャベンディッシュ家から追い出され平民となる。そののち、辺境の地で生きるも聖女の力を失った彼女は《裏切りの大魔女》として生涯を終える。
──はずだった。
***
「………っあ!」
勢いよく瞼を開くと、薄暗い天井が飛び込んできた。
夜明け前だろうか、やけに薄暗い。
心臓の鼓動が未だ激しく、全身が汗ばんでいた。
悪夢──と言い切れない生々しい光景。
「はぁ……はぁ……」
落ち着いて呼吸を整える。
よく周りを見ると牢屋ではなく、かといって自分が住んでいる屋敷でもない。
布を引いたテントの中だ。絨毯の上に、クッションが置かれており、体には獣の皮で作った毛布が掛けられていた。野宿とはいえ、かなり高待遇だ。
(ここは……? 私は処刑されたんじゃ?)
ゆっくり起き上がりと、後頭部に鈍痛が走った。
頭を押さえているうちに、痛みは引いていく。改めて自分の両手を見つめると、思いのほか縮んだ気がする。幼い子どもの手。ふと視線を下に落とすと胸が──ない。元々は双丘があったはずだ。
(胸……というか、全体的に縮んでいる!?)
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