1人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
それは偶然だったんだ。
小さい頃、そう、確か茹だるように暑かった夏の日の夜。私は一人で家近くの池へ行った。
理由は簡単。蛍が見たかったから。
お母さんは仕事であまり家に居なかったから、いつも寂しかった。お父さんも、家に帰ってくることは殆どなかった。学校でも友達が出来たことがなくて、ずっと独りだった。
……それが悲しかった。
だからって、どうしてそう、蛍を見に行きたくなったのかはわからない。独りで泣いてたらただ無性に蛍を見たくなって、こっそり出て行ったんだ。お母さんはその日は仕事で居なかった。だから、勝手に出て行ってもバレないって思った。
それで、もっと小さい頃……一回だけ、両親と一緒に蛍を見たことのある池に向かったんだ。そうしたら、一匹……二匹、三匹…………。
たくさんの蛍が宙を飛んでいて、それは本当に幻想的な光景だった。今でもあの時の景色は覚えている。ただ、その時の私はそんな景色を綺麗とも思わないほど、心が傷ついていた。
長年の寂しさと、学校での仲間外れが、もう限界だった。親には言えなかった。
心配させたくなかった。
ずっと、ずっと我慢してきた。
偉いでしょって言える人は一人も居なかった。
悲しかった。
凄く、凄く悲しかった。
そんな日々が。そんな私が。
私は泣いていた。けど、涙は止まらなかった。どうしょうもなかった。取り敢えず、しばらく蛍を眺めていた。蛍のお尻の儚い光が、ちらちらと、濃い緑の葉を薄く照らしていた。まるで、私を慰めるかのように優しい光だった。
そのまま私は、ずっと蛍を見つめていた。
……ふとして気が付くと、薄暗かった周りが真っ暗になっていた。
あぁ、そうだ。こんなに暗いから、もうすぐお母さんが帰ってくる。帰らないと。
そう冷静に考えられるくらい、気持ちが穏やかになっていた。でも、やっぱり帰るつもりはなかった。あと10……いや、30分……そう考えていると、突然横から声がした。
「なぁ、お前いつまでホタル見てんの?そんな楽しいもん?」
私はつい驚き、反対方向に飛び退いた。
「わっ!……って、だれ?」
いつの間にか、隣にその頃の私と同じ位の男の子がいた。暗闇でよく見えなかったけど、声が少し高いし、背も同じくらいだったから、そう考えて良かったと思う。でも、その時は全く気配がしなかったから、本当に気づかなかった。
「俺は、……夏川蛍斗」
少し間を開け、名乗った少年。
その漢字を教えてもらった。
「……そうなんだ!ステキな名前だね!!」
「そうか。で、お前は?」
彼は、とても無愛想にそう言った。こんな時間にいるのだから、本当は怪しいと思うべきだったのだろう。でも、そんなこと私には関係なかった。その時はただ目の前の……恐らく仏頂面でいたであろう男子とのことを知りたかった。
「私は、鈴村美咲!よろしく!」
「……ん」
「何その返事!はい、よろしく!」
「別にいーじゃん。この場限りなんだから……おい、そんな睨むなよ。わかった、わかった。よろしく。はい、これで良いだろ」
私が睨んでいたからだろうか。口調に反して案外素直だなと思った。それと同時に、何故か……この子となら仲良くなれると思った。
理由はわからない。ただ、なんとなく。
それだけ。
──その時、急に光が射し込んだ。
「あ、月……綺麗」
それは、雲間から見える大きな満月。そして、星々と蛍がその周りに広がっていた。それは本当に幻想的な景色だった。まるでこの世でないような光景に、心奪われた。そして、その横にはそんなこと気にしない様子で、こちらを見てはにかむ少年がいた。
最初のコメントを投稿しよう!