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6 十七夜の憂鬱・番犬の溜息
朝起きてみると空は曇り空だった。厚くて暗い雲が空一面にかかって、今にも白いものが舞い落ちてきそうだ。天気予報では雨になると言っていたけれど、かなり冷え込んでいて、当たるかどうか怪しいと葉は思う。
ベッドの上で半身だけを起こして髪をかき上げる。もう、随分と理髪店も美容院も行ったことがない。毛先だけは無理を言って貴志狼に切ってもらっていた。そもそも、あまり外見を気にする方でもないし、清潔にさえ見えればそれでいいと思っている。
けれど、これからはどこかで切ってもらわないといけないのだろうか。葉は思う。
考えてみると、葉の生活はかなりの部分で貴志狼に依存していた。大抵のことは自分でできるのだが、貴志狼がそれを許してくれなかったからだ。と、言うのは建前で、本当は貴志狼が気にかけてくれるのが嬉しかったのだと、散々泣いて気付いた。
お見合いが上手くいって、貴志狼が結婚したら、今までのように会うことはできない。友達としてなら、あったり、ご飯を一緒に食べたり、遊んだりもできるだろう。けれど、2・3日に一度は家まで迎えに来て(貴志狼は葉の家の合鍵すら持っているし)、カフェに客が多くなる5時前まで一緒にいてくれるようなことはできない。
友人としての距離は今までのほうが異常で、これからが普通になるのかもしれないけれど、正直寂しいと思いを打ち消す材料が何もない。
のろのろと動きの悪い脚をベッドの下に下ろして手すりに掴まって立ち上がると、頭ががんがんと痛んだ。一昨日、家に帰ってヤケ酒して、翌日の店も定休日にした。元々、開店休業寸前の店だし、葉の体調が悪いと勝手に休むのも当たり前なところがあったし、平日で鈴の出勤日でもなかったので、幸いにも苦情を言われるようなことはなかった。
苦情を言ってきたのは、朝ごはんが遅くなった三猫神様だけだ。
『あたま…いたい』
呟いて長い髪をかきあげる。
身体も重かったけれど、もっと、気持ちが重かった。
『ことわろうかな』
今日は晴興との約束の日だ。ランチを食べてから映画という流れらしい。らしい。と、いうのは、計画については葉はノータッチで、晴興が全て決めて、予約まで済ませてくれたからだ。
なんでもかんでも葉に決めさせておいて、文句を言いながらもそれを殆ど叶えてくれる貴志狼との関係とは全然違う。
そんなことを考えてから葉は首を振った。晴興と貴志狼が違うのなんて当たり前のことだ。
貴志狼は身体を不自由にさせてしまった葉への償いのためにそばにいる。ただ。それだけ。
晴興はおそらく、葉に友人として以上の感情を求めているのだろうということは、さすがに鈍い葉でも気付いていた。
断ろう。なんて考えても、簡単に実行に移せないのは、全てお任せで何もかも手間を惜しまずにやってくれた晴興に申し訳ないという気持ちが強いからだけではない。貴志狼に晴興とデート(?)してこいと言われたことが辛くて、貴志狼への当てつけに春興を利用してしまったと葉自身自覚しているからだ。
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