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葉には自分より相応しい人がいる。
そう考えてから、貴志狼は、また、ため息を吐く。それから、もう一本、煙草に火をつけようと箱を開けてから、中が空だということに気付いて、ぐしゃり。と、箱を握りつぶした。
もう、貴志狼本人も気付いていた。
だから、イラついてもいた。
いや、とうの昔に気付いてはいたのだ。
葉に相応しい自分であれたらと、望んでいること。本当は誰にも渡さずに、腕の中で守って、幸せにしたいのだということ。一生を共にする相手をたった一人選ぶのだとしたら、葉しか考えられないこと。
けれど、そうするには貴志狼はあまりに己に自信がなかった。
家のことも。人間性のことも。葉に一生消えない傷を残してしまったことも。
どれ一つとっても、あの完璧な男に敵わない。
だから、葉の隣を譲るのだと決めた。
決めたのだけれど、決めたはずなのに、諦めきれない自分が、さらにみっともなくて、余計にイラつく。
『これも…罰か?』
呟いた言葉も白く染まる。その吐息が空に昇るのを何とはなしに見上げると、ひら。と、何かが舞って、頬に触れた。一瞬遅れて、それが、雪だと気付く。殆ど反射的に、葉は大丈夫だろうかと考えて、ああ。もう、そんなことは自分の考えることではないのだ。と、また、自嘲の笑いが漏れた。
『ごめんな』
必要はないのだとしても、葉のことを考えるのをやめることはできそうにない。ポケットからスマートフォンを取り出して、画面を開く。LINEを起動させて、文章を打ち込む。それから、送信を押そうとして、貴志狼は手を止めた。自分の女々しさに嫌気がさす。
雪を言い訳にしているだけだ。
葉の不自由になった身体を言い訳にしているだけだ。
ただ、自分自身が繋がっていたいだけなのに。
ため息をついて、貴志狼はスマートフォンをポケットに戻した。
『アニキ。客人。到着しました』
翔悟の声をいつもなら喧しいと思うところだ。けれど、今日は何か救われたような気すらする、貴志狼だった。
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