8 遅い応え

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8 遅い応え

 その音に救われたような気がした。 『葉さんのスマホですよね? 確認どうぞ』  晴興がいつもの笑顔に戻ってそう言ってくれたから、さらにほっとして、葉はスマホを見た。  相手は翔悟だ。  晴興と映画に来ているのを知っているはずなのに、送ってきていることにため息が出る。どうせ、ろくなことじゃないだろうという予想は、予想を軽く超えて最悪の内容だった。  アニキの婚約者さん。  めちゃ美人っす。  と、メッセージ。続いて、表示された画像は、川和の本宅の玄関先と思われる場所だった。艶やかな和服の女性が映っている。翔悟の言葉通り、かなりの美人だ。多分、まだ、10代かそうでなければ20代初め。隣にいるのは、50代くらいの男性で、おそらくは父親だろう。  明らかに隠し撮りだと思われる。視線がこちらを向いてはいない。見つかったら、翔悟はただじゃすまないだろう。  けれど、そんなことはどうでもよかった。  女性と男性の奥に貴志狼の姿が見える。珍しくネクタイを締めて、真面目くさった顔をして、おそらくは手前側の二人をお出迎えしているのだろうと想像がついた。  貴志狼が正装をして客人を迎えるなんてめったにない。と。思う。実際には組のことはあまり詳しくないから、仲良くなった貴志狼の舎弟たちから聞いた話なのだが、貴志狼はそう言った表に出る仕事は避けているらしい。  その貴志狼が無視できない相手であることは間違いない。  連合の有力者で、婚約者の父親なら当然か…。  そんなふうに思っていると、さらにメッセージが送られてきた。  これから会食っす。俺たちは暇っす。  その後は、アニキもお嬢とデートらしっすよ。  そのメッセージに思わず息を飲む。  翔悟が送ってきた当たり前の流れが現実なのだと心に浸透して、貴志狼の隣に並ぶのはこの人なのだと思うと、胸が潰れてしまいそうだった。  分かっていたことなのだけれど、何一つ敵うところがない。彼女は貴志狼に必要なものをすべて持っている。  若さも。美しさも。子供を産める身体も。後ろ盾も。誰もが持っているまともに動く脚も。完璧というの言葉は、欠けがない完全な球体のことを言うけれど、彼女はまさにそんな人に見えた。欠けだらけの歪な葉とは違う。  それが、余計に、辛い。  自分にないものを求めてしまう自分自身が酷く惨めで、涙が零れそうになった。
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