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『さ。じゃ、送っていきますから、帰りましょう』
晴興が今度は背に触れることなく、そっと促して駐車場へと誘導しようとするのを、葉は押しとどめた。首を横に振る。
『一人で。帰ります』
晴興に申し訳ないという思いもあった。
けれど、それ以上に、誰かに頼らずに、貴志狼のところに帰りたかった。それができないのに、事故の被害者としてではなくて、一人の人間として見てほしいなんて言えない気がしたからだ。
『でも』
心配そうに晴興が言い募る。
葉の足のことを考えれば当たり前だし、晴興に気を使っているのだろうと思われているのも当然だと思う。
『…自分の足で行かないと。言えない気がするから』
だから、葉も、素直に本当のことを告げた。晴興には誠実に向き合いたい。
『…あ。いや。歩いて帰ろうなんて無謀なことは考えてないです。ちゃんと、タクシー自分でひろいます』
それから、誤解されると困るからと、慌てて付け足す。いくら足を引きずると言っても、普段は一人で出かけることができないほどではない。誤解されていなければ、晴興が優しい人だとは言っても、葉を残して帰ることもできるだろう。
『わかりました』
慌てた様子で言い訳をする葉にくすり。と、優しく微笑んで、晴興は傘を渡してくれた。
『これ。どうぞ。雪少し強くなってきたし、タクシー乗り場まで少しありますから』
遠慮しようとする手に晴興が傘を握らせる。
『自分は車ですから大丈夫。それに…』
そう言って、少し思案気に晴興は視線を彷徨わせた。
『ヒロインがどちらを選ぶか気になるので、映画は見ていきます』
そう言って微笑む。まるで、今までのことがなかったことのように、自然に笑ってくれた。
『また、お茶をいただきに行きます。その時に、結果教えますね』
ひらり。と、手を振って、晴興が背を向ける。
その背中が映画館の人ごみに消えるまで見送って、葉はくるり。と、背を向けて、タクシー乗り場へと急いだ。
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