91人が本棚に入れています
本棚に追加
9 タイムリミットは
無駄にデカい自宅の母屋の廊下で、スマートフォンを見つめて、貴志狼は大きくため息をついた。見える範囲に何人か黒いスーツの顔面凶器が立っている。貴志狼のため息には気付いているが、気づかないふりをしていると言ったところだろう。ちらり。と、視線を向けても、何もなかったように視線を戻す。
祖父の直属の連中は教育が行き届いているから、母屋で喧しく騒ぐような奴はいない。貴志狼が面倒をみている喧しい半グレ上りは、現在皆庭で待機中だ。
いつもそうだ。というわけでもないのだが、今日は特別な客人が来ることもあって、母屋は料亭のような静けさだった。
熱でたりしてねえか?
あいつにいいにくいなら、迎えに行ってやろうか?
手の中のスマートフォンの画面に浮かぶ文字。
メッセージを送ってしまってから、一瞬後に後悔して、消去しようとしたけれど、その瞬間に既読がついてしまって、消すに消せなくなった。
我ながら、往生際が悪すぎる。貴志狼は思う。いくらあの男と葉がいるのが嫌だと言っても、心配するふりをしてこんなメッセージを送るなんて、普通に考えたらありえない。しかも、葉をあの男に預けると決めたばかりなのだ。舌の根も乾かぬうちにこんな文章を送っている自分の女々しさに反吐が出る。
でも、気にかかって仕方がない。
すぐにでも、葉のところに行きたい。
顔が見たい。
声を聞きたい。
ダメだと分かっていても、抱きしめたい。
そんな妄想ばかりが浮かんで消える。
自分がそばにいられないのに、あの男がそばにいるなんて。と、どす黒い感情が湧き上がる。その手が葉に触れるかと思うと、おかしくなりそうなほどの嫉妬に苛まれる。
ただ映画に行くと送り出しただけでこの有様だ。あの男と葉の性格上、今日何か間違いがあるとは思えないが、それでも邪魔なメッセージを送ってしまうくらいに、貴志狼は葉のことばかりを考えていた。
最初のコメントを投稿しよう!