9 タイムリミットは

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 スマートフォンの画面を見て、葉はため息をついた。  雪のせいでタクシー乗り場はすごく混んでいて、乗るまでに時間がかかってしまった。葉の歩くのを見ていたおじさんが、『姉ちゃん大丈夫か? 先に乗りなよ』と、順番を譲ってくれようとしたのだが、男である旨、大丈夫である旨を伝えて丁重にお断りした。  それでも、まだ、タクシーはちゃんと順番を消費していたから、30分ほどで乗ることができた。自分より後ろにできた列の長さを考えると、順調と言えると思う。タクシーが乗り場にやってくる数も確実に減っている。おそらく、雪のせいで渋滞が起こっているのだろう。  映画を見てから帰ると言っていた晴興は大丈夫だろうか。少し心配になるが、車もあるし、今日は下手をすると街中でホテルを取った方が安全かもしれない。 『お姉ちゃん悪いね』  タクシーの運転手が声をかけてくれる。渋滞でなかなか車が動かないことを悪く思っているらしい。 『あの。お姉ちゃんじゃないです。お兄ちゃんです。混んでるのは仕方ないから大丈夫です』  そう答えると、一瞬こっちを見てから、運転手はああ。と、よくわからない感嘆の声を漏らした。  葉のため息は別に車が渋滞に巻き込まれているからではない。いや。それも原因の一つかもしれないが、主たる原因は、手の中のスマホだ。  映画やめた。  今から帰る。  と。一件。  それから。たっぷり数分時間を置いて。  帰ったら、会いに行っていい?  その文章を打つだけで手が震えた。なけなしの勇気をすべて振り絞ってそれだけ書いた。  けれど、既読がつかない。  会食が終わって、あの女性と二人きりでどこかに出かけているんだろうか。と、不安が募る。翔悟の文章の書き方から言って、すぐに会食が終わる感じではなかったからと、何とか自分の心を落ち着かせようとする。しかし、落ち着くことなんてできなかった。  窓の外は横殴りの雪が降っている。もともと、寒いけれど、雪が多い地域ではないから、街は混乱を極めていた。どの道も車がいっぱいで、主要な国道も、それを繋ぐ道も車が溢れて、なかなか進んではくれない。気は急くけれど、自分自身ではどうにもできなくて、葉はただスマホを握り締めた。  こんなふうに今更焦って、どうなるんだろう。  葉は思う。  自分が今更焦って気持ちを伝えても、貴志狼には届かない可能性が高い。きっと、届かない。自分の気持ちはちゃんと確認したけれど、状況は何一つ変わってはいない。  自分は男で。歳だって若くなくて。素直じゃないし。貴志狼には我儘ばかり言ってきた。それから、足が動かないのをいいことに、貴志狼を束縛し続けた。家柄とかそんなことは、多分貴志狼は気にしない。貴志狼の家族も気にしない。けれど、子供が産めないのは気にするだろう。  状況は最悪。  それでも。不思議と、貴志狼に伝えることを、やめようとはもう、思わなくなっていた。  晴興の姿を見たからだろうか。彼はあの小説に勇気をもらったと言っていたけれど、葉はその晴興に勇気をもらった。  ダメでもいいから、ちゃんと決着をつけよう。  今はそう思う。  何千分の一でも、何万分の一でも、もし、可能性があるなら思いを告げて、もし、一億分の一でも可能性があるなら、一生貴志狼といたい。その可能性を捨てたくないし、ダメでも何もしないで諦めるより前に向ける気がした。
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