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10 葉の恋
車を降りると、まさに横殴りの雪だった。晴興に貸してもらった傘をさすけれど、顔が隠れるくらいで、どうにもならない。かえって前が見えなくなって危険なので、閉じて杖代わりに使わせてもらうことにした。
車道はどうにか確保されているが、歩道の雪はそのままになっていて、けれど、車道を通るのは危なすぎて、仕方なく葉は歩道を歩いていた。葉の足ではもつれて転ぶ可能性が高くて、車道に出ることはできない。
気温が高いせいか、湿気の多い雪はブーツにくっついて足は次第に重くなっていく。それでなくても、もう、膝下まで雪がある。ぜいぜい。と、息を切らせて必死に歩いても、葉の足では遅々として先に進むことはできない。
『ああ。くそ』
普段は出ない悪態が思わず口をつく。
頭にも肩にも雪が降り積もって、それが解け始めて、もう、びしょ濡れだった。冷たくて寒くて、歯の根が合わない。かちかち。と、歯が音を立てるけれど、それでも、葉は足を止めなかった。
今は、先に進むしかない。
思えば、足が不自由になってから、こんなふうに必死に歩こうと思ったことはなかった。それでいいと思っていたわけではない。だた、辛かった。
自分が必死に何かをしようとすると、必ず貴志狼が助けてくれる。申し訳ないという顔をする。それが辛かった。
うまく行かなくても、みっともなくても、構わないと葉は思う。貴志狼が笑ってくれるなら、ピエロでも構わなかった。
幼い頃、逆上がりができなくて、貴志狼が特訓に付き合ってくれたことがある。情けなくて泣きたくなったのに、足をバタバタさせているのが、面白いと貴志狼か笑ったら、なんだか悩んでいたのが、バカバカしくなって一緒に笑えた。
貴志狼に笑ってほしい。
葉の足は貴志狼の笑顔を奪う呪いだ。それがわかっていても、断ち切ることが出来なかった。呪われているのは、葉の足ではない。貴志狼の方だ。
だから、ちゃんと見せたい。
自分の足で歩けること。
今、伝えたい。
歩けるけれど、隣にいて笑っていてほしいこと。
葉は必死だった。
必死に足掻いていた。
息が切れて苦しい。びしょ濡れになった手袋はただ冷たいだけなので、カバンに突っ込んだ。そのせいで指先がかじかんて、感覚がない。泣きはらした頬に冷たい風が当たって、切れてしまいそうに痛い。
足には力が入らなくて、もう、前に進んでいる気がしなかった。引きずる左足を庇うために、右足も痛む。おそらくは、靴に擦れてマメができているんだろう。
それでも、葉は必死に貴志狼のいる場所を目指した。
多分もう、間に合わないだろう。歩き出してからも、随分と経つ。でも、時計は見られない。見るのが怖い。
諦めてしまいたくない。
ぴんぽん。
不意になった着信音に、驚いて葉は足を滑らせて転んでしまった。顔から雪に突っ込む。幸いだったのは、雪が積もっていて、クッションになってくれたことくらいだ。
けれど、その拍子にスマホを雪の中に落としてしまった。
慌てて雪に手を突っ込むけれど、見つからない。
もし、これが貴志狼からのLINEだったら。返事をしなければ、今日はもう会えないかもしれない。そして、会えなければ、それで葉の恋は終わってしまうかもしれない。
『どこ? どこだよ!?』
かじかむ手で雪をかき分ける。
無駄な足掻きかもしれなくても、そうせずにいられない。
『なんで? なんで?』
これは罰なんだろうか。
葉は思う。
貴志狼を10年以上も縛り付けていた、罰なんだろか。
思ってから首を横に振る。
そんな言葉に逃げる気はもうない。罰なのだとしても、諦めきれない。神様がいるとして、諦めろと言っているのだとしても、諦めるかどうかは葉の意志次第で、誰にもとめることはできない。止めることができるとしたら、それは貴志狼だけだ。
手の感覚はとおに失くなっている。それでも、探し続けた。
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