10 葉の恋

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 りりりりり。りりりりり。  聞こえてきたのは葉のスマホの通話の着信音だった。それは、思ったよりもずっと先の雪の中にあるようで、少しだけ盛り上がった雪の中から、淡く緑色の光が音に合わせて点滅しているのが見えた。 『あ…った』  それを取ろうと、葉は立ち上がるために足に力を入れた。けれど、左足が鉛のように重くなっていて、うまく、どころか動いてくれない。 『…え?』  もう一度力を入れると、鈍い痛み。酷使したことと、冷やしたことがまずかったのか、膝下が痺れたように痛み以外の感覚がない。 『うそ。だろ?』  がん。と、拳で足を叩く。それでも、感覚は戻っては来なかった。 『ふざ…けんなよ』  りりりりり。  と、まだ、着信音は続いている。けれど、それがいつ切れてしまうかはわからない。  居ても立ってもいられなくて、葉は右足に力を入れて殆ど這うように進んだ。 『この…ポンコツ…動けよ』  少しずつしか進まない歯がゆさに涙が溢れる。目的の場所はすぐそこにあるのに、遠い。それでも、ゆっくりでも進むしかない。 『もう、すこし…』  スマホの画面の明かりがもう少しで手に触れる。必死に手をのばして、それを掴もうとしたその瞬間に、着信音が止んだ。  途端に、あたりが静かになる。雪が強さを増した気がした。  今すぐに、スマホを手に取って、かけ直せばいい。と、そんな簡単なことが、思いつかなかった。なにか、最後に残っていた希望が全部、その着信の明かりと共に消えてしまった気がした。 『…っ』  やっぱり、無理だったのだろうか。と。もう、手を伸ばす気力すらなくなって、雪の中に身体を投げ出す。もう、一歩も動けない。もう、このまま。  そんなことまで考えた。 『馬鹿野郎!』  突然聞こえた大声に、葉はびくり。と、身体を震わせた。  恐る恐る見上げると、葉のスマホを持った貴志狼がいた。 『なんでこんなところ歩いてんだ。阿呆か。死ぬぞ』  顔が本気だった。本気で怒っているのがわかる。だから、会えてほっとするより、怒らせてしまったのが悲しくて、怖くて、また、はらり。と、頬に涙が伝った。 『あ…や』  葉の涙を見た途端、貴志狼の勢いがなくなる。かわりにわたわたと、取り繕うように自分の上着を脱いで葉の肩にかけてくれた。煙草と酒の匂いがする。 『悪かった。泣くな』  困ったように顔を顰めて、貴志狼はソッポを向いてしまう。それが堪らなく悲しくて、また、涙が零れる。 『いや。だから。本当に悪かった。迎えに行ってやるとか言っておいて、LINE確認してる暇もなかったしよ。お前が一人でいるとは思わねえだろ?』  葉を立たせようとして、いつもよりももっと強張った足に気付いて、貴志狼はまた、眉を顰める。 『大丈夫か? 足。動かねえのか?』  心配してくれているのは分かる。それが嬉しい。けれど、葉は首を振った。 『動かない…けど。シロのせいじゃない。僕の足が動かないのは…シロのせいじゃないんだ。だから、そんな顔しないで』  貴志狼の両手を掴んで、葉は叫んでいた。 『僕はっ。シロに…償ってほしくなんて…ない。ただ、昔みたいに笑ってほしい。  …ちゃんと、僕のこと見てよ。守ってくれなくても大丈夫だから。一人で歩けるから。ちゃんと、被害者じゃない僕を見て。考えて!』  ぐい。と、力を込めて貴志狼を近くに引き寄せる。それから、そっと、本当にそっと、その唇に自分の冷たくなった唇を重ねた。 『好きなんだ。貴志狼』
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