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11 好きなんだ
『好きなんだ。貴志狼』
一方的に思いをぶつけて、こんなふうに泣いて困らせるつもりはなかった。これでは、自分に負い目のある貴志狼は断れなくなるかもしれない。分かっていても、もう、思いは止まってくれなかった。
『…シロには、僕は相応しくないとか。そんなの知ってる。シロが男に興味ないことも分かってる。婚約するってことも、僕のこと丸山さんとくっつけばいいって思われてるのも知ってる。けど…僕がシロのことどう思ってるか知ってほしい。
その…シロにとっては気持ち悪いかもしれないし、鬱陶しいかもしれないし。僕に償いたいって思ってるシロには、断りにくくなっちゃうかもしれないけど…えと』
言い訳みたいに言い募る間も、貴志狼は何も言ってはくれない。だから、次第に葉の声は小さくなっていった。こわくて、顔も見られない。
『あの…シロ。…ごめ…こんなこと』
失敗してしまったのだと、後悔が心に広がる。拒否されることは覚悟していたけれど、貴志狼はそれでも友達ではいてくれると思っていた。しかし、よく考えてみれば、男に告白されて当たり前のように友人関係に戻れるなんて甘すぎるかもしれない。
『…ぼく…は』
葉の言葉が小さくなって消える。しん。と、辺りは静寂に包まれた。雪の降り積もる音すら聞こえる。
『気持ち悪い?』
貴志狼が呟いた言葉に、葉は顔を上げた。貴志狼は何故かひどく怒った顔をしていた。
『鬱陶しい? 冗談じゃねえ』
怒鳴るように言って、貴志狼は葉をぎゅ。と、腕の中に収めた。痛いくらいに強く、強く抱きしめられる。煙草の匂い。いつもの、貴志狼の匂い。頬を寄せた貴志狼の胸から、早い鼓動が伝わってくる。
『好きなやつに告白されて、気持ち悪いわけねえだろ』
貴志狼の言葉に、葉の思考が止まった。
息をするのも忘れてしまう。
言われた言葉の意味をたっぷり10秒は考えてから、やっぱり、聞き違いだった気がしてくる。
『え?』
今、貴志狼が言った言葉をもう一度聞きたい。でも、息が上手くできなくて、酸欠の金魚みたいに、口をぱくぱくさせることしかできない。
『あー。くそ。こんなことなら、あのいけすかねえ弁護士野郎と映画に行かせるなんてしなきゃよかった』
強く抱きしめられた頭の上から声がする。それをどういう意味で言っているのか、知りたいけれど、腕に力を入れても(いや、そもそも力は入っていなかったかもしれない)貴志狼は離してくれなくて、顔も見られなかった。
『シロ…これ、なに?』
ようやく、それだけを言うと、貴志狼がため息みたいな吐息を漏らした。
『悪かったな。葉』
葉をそっと抱いたまま、顔が見える位置まで離れて、貴志狼が言う。その顔が、今度は申し訳なさそうだけれど、微笑んでいたから、また、泣きたくなった。
『お前にここまで言わせて、悪かった。俺が言わないと駄目なヤツだった。ホント。すまん』
貴志狼が、目を伏せて言う。
『シロ?』
けれど、葉は貴志狼に謝ってほしいわけではなかった。それより、もっと欲しい言葉はほかにあった。
『葉。俺も。お前が好きだ。償いなんかじゃねえ。ただ。お前を幸せにしたい』
葉の気持ちが伝わったみたいに、貴志狼が言う。それは葉が一番欲しかった言葉だった。
友達でいいなんて嘘だ。
可能性がなくてもいいなんて嘘だ。
本当はこの言葉が何よりほしかった。
『ホント…に?』
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