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『そんで? それでヤキモチ焼いて、弁護士野郎置いて帰ってきたのか?』
貴志狼が笑うと、葉は嬉しくなってしまう。少し困り顔だけれど、貴志狼の笑顔は幸せそうだったから、葉は素直に頷いた。
『だって。婚約したら。今までみたいに、一緒にいてくれなくなると思ったし』
貴志狼に好きと言われたことが嬉しくて。笑ってくれるのが嬉しくて。いつも言えない素直な言葉がぽろぽろと口から零れてくる。明日になったら恥ずかしすぎて後悔するかもしれないけれど、それでもいいや。と思う。
『無茶するな。LINE既読つかねえし。家電もでねえし。この雪の中まさか歩いてるなんて。心臓止まるかと思った』
そう言って、貴志狼は今度は両手で頬を包み込む。
『見合いなんてしてねえし。結婚もしねえ。もう、あの弁護士野郎と二人っきりになんて絶対させねえし、雪の中を一人で歩かせたりもしねえ。けど。お前の足のことは…俺のせいにしといてくれ。責任取る権利は残しといてくんねえか?』
貴志狼が、義務を果たしたい。ではなく、権利。と、言ってくれたから、葉は理解した。葉にとって自分の足が貴志狼を、繋ぎとめる鎖であったように、貴志狼にとっても葉がどこかへ行ってしまわないように繋いだ鎖だったのだ。役立たずだと思ったポンコツの足が、結局二人を繋いでくれていた。だから、はじめて、葉は自分の身体を好きになれた気がした。
『責任もって、幸せにすっから、お前は俺に幸せにされとけ』
なんだか、よく意味の分からないお願いだけれど、貴志狼らしくて、それが、嬉しくて、葉は何度も頷いた。
『んじゃ、帰るか』
葉が頷くのを確認すると、途端に照れたような表情になって、貴志狼は言った。そう言えば忘れていたけれど、寒い。死ぬほど寒い。
『ちゃんと掴まってろよ?』
足は強張ったまま動きそうになかったから、抱き上げられても抵抗する気もなくて、葉は貴志狼の首に手を回して、ぎゅ。と、掴まった。と、いうより、合法的に抱きしめた。普通なら男同士でこんなふうに外で抱き合うなんてありえない。でも、立てないなら、誰にも文句は言わせない。折角だから、動かない足を最大限に利用してやろう。と、思う。こんなふうに思えるのも、貴志狼が権利と言ってくれたからだ。きっと、貴志狼も同じように思ってくれていると思う。
『葉』
煙草の匂いのする貴志狼の首に腕を回して、疲れ切った体を全部預けて、なんだか、夢の中にいるような気持ちだった。
『ん?』
短く答えると、葉を抱く腕に力がこもる。
『お前がやだって言っても、もう。離してやらんからな。覚悟しとけ?』
その宣言に、貴志狼の肩に顔を埋めたまま、うん。と、小さく答える。薄目を開けると、貴志狼の耳元がわかりやすく赤くなっているのがわかって、それも堪らなく嬉しくなる、葉であった。
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