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騎士の本分 1 笑えばよかった
いつも思うのだが、抱き上げた身体は見た目よりずっと軽い。少しサイズの大きめの服を好むからなのか、身長に対して筋肉の量が少ないからなのか、理由は分からないし、この際どうでもいい。けれど、まるで、その人が現実に存在しているのではないと言われているかのように、その身体は軽い。
触れていないと、どこかに消えてしまうのではないかと思う時がある。
ふわり。と、細く長く柔らかく軽い髪も。蝶のように瞬く長い睫毛も。色素が薄い瞳も、唇も。細く白い項も。肩に掴まる細くて綺麗な指も。す。と、伸びた背中も。折れてしまいそうな腰も。動かない足すら。
貴志狼の心を捉えて離さないというのに、その彼自身はまるで、風のようにどこかに消えてしまいそうなほど軽やかなのだ。
それは、葉の魅力の一つなのだと、貴志狼は思う。
けれど、同時に、いつも恐れている。この動かない足がもしも何もなかった頃のように動くのであれば、彼は貴志狼の元にいてはくれないのではないかと。
だから、貴志狼はその葉の足をこそ、最も愛していたのだと思う。
世に顔向けして生きてはいられないような生き方をしていても、葉の足を、普通の生活をうばってしまったからと言い訳すれば、葉のそばにいて守ることを許される。たとえ、彼に一生を共にしたいと願う人ができたとしても、償うことはやめなくてもいい。それが、葉と貴志狼を繋いでくれる最後の命綱だと、思っていた。
触れているのかすら、気にしていなければ気付かないほど微かな口づけの後、いつもよりもっと色づきが薄い唇が、絞り出すように言った言葉さえ、貴志狼にとっては、自分自身の都合のいい幻聴ではないかと思えた。
けれど、それは枯れるくらいに泣いて、苦しんで、悩んで、葉が出した覚悟の言葉だった。
幸せを感じるよりも先に、貴志狼は自分が情けなくなった。
犬になってでも守ろうとした人を、おそらく一番泣かせていたのは貴志狼本人なのだ。貴志狼に勇気があれば、葉を泣かせることも苦しめることも悩ませることもなかったし、心の奥では絶対にあいつだけには渡したくないと思っている相手に葉を預けるなんて言う結論には至らなかったはずだ。
しかし、言い換えれば、それだけ、貴志狼も本気だった。葉を失いたくない。たとえ、一番近くなくてもいい。そばにいて、葉を守りたい。見ていたい。そればかりを考えていた。
臆病者だったのだと、貴志狼は思う。
だから、誓う。
もう、二度と傷つけないと。貴志狼のために泣かせたりしないと。誰にも渡さないと。
一生をかけて、その人を一番近くで守ろうと。大切に愛しもうと。彼に愛されるのに相応しい自分でいようと。
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