騎士の本分 1 笑えばよかった

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 雪は相変わらず降り続いていた。ただ、風は随分と穏やかになって、上から下へと静かに白い欠片が落ちていく。  葉はさっきから、何も言わず貴志狼の首に手を回して、身体を預けきっていた。治まってきているけれど、時折、しゃくりあげるように、びくり、と、揺れる身体。  静かな夜に葉がすん。と、鼻をすする音が聞こえて、罪悪感に胸がつまる。  少しでも早く、せめて着替えだけでもさせてやりたいと、貴志狼は雪に取られる足を早めた。  葉は見合いだと思っていた今日の会食(とは名ばかりのただの宴会)は、組織の中でも大派閥の組長就任の祝いだとかなんだとか、貴志狼にとっては、本当にどうでもいいことだった。もちろん、葉のことの方が重大であることは間違いない。と、いうよりも、貴志狼にとって、葉のことより優先されることなど何もない。  それなのに葉からのLINEを見逃していたのは痛恨の極みだった。  そもそも、晴興の性格上、葉を雪の中一人で帰すなんていう選択肢が万が一にもあるとは想像していなかった。たとえ葉が固辞したとしても、家まで送り届けるだろうと高を括っていた。  さらに言えば、姉婿の敦に貴志狼は逆らえない。逆らえないのをいいことに、祖父・壱狼は敦を使って、貴志狼を思い通りに動かそうとする。じじいのくせに小賢しい。と、思うけれど、それでも逆らえない自分がいるのに貴志狼も気づいていた。その、敦の無言の圧力がなければ、面倒くさい宴会などさっさと抜け出していただろう。  とにかく、貴志狼が葉のLINEに気付いて、慌てて返信を送ったり、キレながら宴席を抜け出した頃には葉は雪の中を一人で歩いていた。  雪の中で、葉の姿を見つけた時は、本気で心臓が止まった。  思わず、声を荒げてしまったのは、怒っていたからではなくて、心配しすぎで、パニックになっていたからだ。  よく考えなくても、悪いのは葉ではない。迎えに行ってやるとLINEしたのは、貴志狼だ。貴志狼がさっさと返信していれば、どこかで落ち合うことができたかもしれないし、連絡がとれていれば葉も雪の中を歩くなんて無茶はしなかったはずだ。  腕の中で、貴志狼に全て委ねきった、葉の身体は軽い。大雪で足場が悪い中で抱き上げて歩くのに困らないくらいに軽い。それだけでも心配になるのに、着ていたダウンは中まで濡れるほどずぶ濡れで、小刻みに震え、冷え切った足は硬く強張って本人は動かそうとしているらしいが、余計に強張るばかりで、動く気配はない。  葉にしてみればこんな雪の中を歩いたことなど、事故以来一度もなかっただろう。寒かっただろうし、痛みもあったと思う。もちろん、動かなくなっていく足に恐怖したことだろう。  それを想像すると、余計に罪悪感がつのって抱きしめる腕に力がこもる。  少しでも、自分の体温をわけてやりたい。少しでも、不安を取り除いてやりたい。 『葉』  呼吸音しか聞こえないのが、不安になって、貴志狼は身体を預けてくたり。と、脱力している人に、躊躇いがちに声をかけた。
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