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『ん?』
小さく吐息のような疑問符が返ってくる。そんな小さな声にも貴志狼は安堵した。葉が確かに腕の中に存在しているのだと確信できるからだ。
『寒いか? も、着くから、風呂入るまで寝るなよ?』
する。と、僅かにその背中を撫でながら言うと、ぎゅ。と、首に掴まる手に力が籠った。
その腕が微かに震えていたから、貴志狼はさらに足を早める。
『ん』
また、吐息のような小さな答え。けれど、機嫌が悪いわけではないことは分かる。どちらかというと、甘えている時の声だ。それが証拠に、預けている頭がすり。と、遠慮がちにすり寄ってくる。
葉は完全に無自覚だろう。けれど、そんな仕草が堪らなく庇護欲を掻き立てる。わかりやすく表現するなら、可愛い。
『シロ』
そんなことを考えていると、今度は葉の方から名前を呼ばれた。
『ん?』
さっきの葉と同じように答える。そんなふうに短く答えた葉の気持ちが分かった気がした。
きっと、葉も同じ気持ちだったのだ。
葉は貴志狼の。貴志狼は葉の。声が聴きたい。近くで聞こえるその声を邪魔したくない。だから、最小限で答える。そういうことなのだ。
『も。一度言って』
ぐ。と、脱力していた腕に力が籠る。身体を離して、その榛の色の瞳がすぐ近くで貴志狼の顔を見つめてきた。
『好きだ』
何を。と、聞かなくても、葉が望んでいる言葉がわかる。請われるままに答えると、驚いた表情の後で、薄暗い街灯でも分かるくらいに頬が上気して、それから、へにゃ。と、幸せそうに表情が崩れた。
『うん。僕も』
葉を意識し始めた頃と何も変わらない笑顔。随分と遠回りだったけれど、やっと、手に入れた。
もう、誰にも遠慮せず、思いを伝えてもいい。抱きしめたければ抱きしめてもいい。思う存分甘やかして、自分がいたいだけそばにいてもいい。葉が望むままにそばにいていい。
ずっと、押し込めていた思いは、溢れてしまったら、止められなかった。
片手で葉を抱えたまま、片手で頭や肩に積もった雪をはらってやる。それから、その細い頭を引き寄せてキスをした。
さっきは、不意打ちで、しかも、微かに触れただけだから、分からなかった。しかし、夢にすら見たほどの葉の唇は冷たかったけれど、思ったよりずっと、柔らかかった。
『…うあ』
触れるだけの初恋みたいなキスのあと、唇が離れると、葉は顔をこれ以上ないくらいに赤く染めて、なんだかよくわからない感嘆の声を漏らした。
『どうしよ。一生分、幸運使い果たした』
泣き笑いのような顔で葉が続ける。その顔がまた、堪らなく可愛く思えて、貴志狼は思わず微笑んだ。
『あ…笑った』
そうすると、葉は心底嬉しそうに笑って、貴志狼の頬を両手で包み込むように触れる。その手は冷え切って冷たかったけれど、貴志狼には心地よく感じられた。
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