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騎士の本分 2 切実で小さな願い事
2LDKの離れはそこだけで独立した普通の戸建て住宅のようになっていた。普段は貴志狼の住居として使っている。とは言っても、殆ど寝に帰るだけで、ここで寛ぐことは少ない。
掃除に入ってくれている家政婦以外は、一部の部下以外も殆どここには入らない。葉も貴志狼宅を訪れたことは何度もあるが、母屋の方にある住居スペースの方だけで、貴志狼が一人でこの部屋を使うようになってからここに入ったことはなかった。
だから、貴志狼が他人をここに客として自分の意志で招き入れるのは葉が初めてだった。
一応、気を利かせたのだろう。風呂を用意しておけと言っておいたが、部屋の方も暖房がつけられていて温かい。でも、それくらいでは葉の震えは止まらなくて、唇が紫に近い色にまでなっていた。
『とにかく、風呂入れ』
浴室に入ると、タオルどころか着替えまで用意してあって、これが翔悟の差し金でないことくらいは分かってしまう。なら誰が用意したのか。と、考えようとして辞めた。誰だったとしても、嫌すぎる。
『大丈夫か?』
そっ。っと、葉を床に下ろす。かたかた。と、小刻みに震える脚は、強張ったまま動かないが、一応は身体を支えてくれている。洗面台に掴まって立たせて、スツールを用意してやると、促されるまま、葉は素直にそこに座った。
『ありがと』
小さな声が震えている。
それから、ずぶ濡れになったダウンを脱ごうとファスナーに手をかけるけれど、手がかじかんで動かないのか、震えて力が入らないのか、どちらにせよ、うまくいかなくて、ちいさく、あれ? と、繰り返している。
『ほら。かしてみろ』
そう言ってファスナー開けてやる。手を添えて腕を抜かせると、中に着ていたニットの肩のあたりは水が沁みて色が変わっていた。
『脱げるか?』
問いかけると、葉は首を横に振る。濡れた長い髪から、雫が滴って、脱衣所の床に落ちた。
『シロが…やってくれる?』
椅子に座った葉の前に跪くように膝をついた貴志狼の顔を覗き込んでくる葉の目元は泣きはらしたからだけではなく、赤く染まっている。そこで、気付く。今の状況が自分たちにとってどんな状況なのか。
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