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葉の左足に残る傷跡が目に入ったからだ。すら。と、綺麗に伸びた右足とは対照的に太腿から足首まで長く濃く残る引き攣ったような傷跡。もちろん、あの事故でついた傷だ。何度も手術を繰り返したけれど、元のように動くことがなかった貴志狼の後悔の象徴。
頭を冷やすには十分すぎた。
『…痛むか?』
もう一度、葉を椅子に座らせて、足からボトムを引き抜き、そのついでに靴下まで脱がしながら聞くと、こくり。と、小さく葉が頷いた。泣きそうな表情だ。きっと、貴志狼の気持ちが分かってしまったのだろう。申し訳ないとか、償いたいとか思ってほしくないと彼は言っていた。だから、貴志狼の後悔が伝わって辛いのだろう。
そういえば、葉は事故の後、この傷跡を貴志狼の目に晒すのを極端に避けていた。それは、さっきも言っていた通り貴志狼に笑っていてほしかったからだろうか。それを見て曇る貴志狼の顔を見たくなかったからだろうか。
貴志狼は思う。
もしそうなら、今も、貴志狼はそんな葉の気持ちを踏みにじっているんだろうか。
『あの…あんまり。見ないで。みっともないから』
けれど、葉は意外なことを言って両手で足を隠そうとした。そこに傷があるのを貴志狼が知っているにも関わらず。だ。
『…こんなの。きもちわるい。だろ? ずっと、見られないようにしてたのに…』
唇を噛んで、両手で隠すこともままならない大きな傷を見つめる葉は、また、泣きそうな顔をしていた。
『お前。そんなこと気にしてたのか?』
貴志狼に心配させることよりも、葉が気にしていたのは、別のことだったらしい。
『そんなことじゃないだろ。ただでさえ…女の子みたいに小さくも柔らかくも丸くもないのに。その上、こんなの。好きな人に見られたいわけないだろ』
ただ、好きな人に少しでも綺麗な自分を見せたいと、当たり前で切実な願いを葉は抱えていた。それが、堪らなく愛おしくて、貴志狼は足を隠す葉の手をそっとどけて、その傷にキスをした。
『シロ?』
途端に、葉の顔が真っ赤に染まる。
それでも、貴志狼は口づけをやめなかった。太腿から、くるぶしまで丁寧に何度も繰り返してキスを落とす。
『ちょ。シロ。汚いって。やめ…』
強張る冷たい脚。けれど、二人を繋ぎ続けてくれた、この傷を、消えない後悔を抱えながら、貴志狼は愛していた。もちろん、醜いとも、汚いとも思わない。
『汚いわけねえだろ?』
そう言って、そのまま、貴志狼は葉を抱き上げた。それから、わたわた。と、慌てて貴志狼に摑まる葉の下着まで一瞬で脱がせて、浴室に入る。
それまで、葉の様子を窺って丁寧に優しくゆっくりとしていた貴志狼の突然の行動に対処できなくて、葉はされるがままになっている。自分の服が濡れるのも厭わずに、貴志狼はその身体に湯をかけてから、ゆっくりと、浴槽に浸からせた。
『…シロ? 行っちゃうの?』
くるり。と、背中を向けた貴志狼に、葉が心細げな声をかける。
『このままじゃ、一緒にはいれねえだろうが。まってろ』
背中を向けたまま答える。心は決まった。
葉を大切に思うなら、守るだけではだめだと、貴志狼は理解した。もっと、直接的にわからせてやらないと、葉は安心できない。貴志狼が恋人にしようとしている人はきっと、そういう人間なのだ。
だから、うん。と、か細く言った葉を残して、貴志狼はもう一度脱衣所に戻った。
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