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騎士の本分 3 寄り添い守るもの
貴志狼の離れの浴槽は広い。2LDKといっても、LDKだけで、40帖以上はある平屋だ。当然、風呂も無駄に広い。
成人男性が4・5人は浸かれるほどの特注の湯船に、貴志狼は葉と二人で浸かっていた。
なにもしないの? なんて、可愛く言ったくせに、葉は貴志狼から離れて湯船の端っこで、小さくなって浸かっている。温まったからか、顔色はよくなって、首筋から頬にかけてがほんのりと桜色に染まっているのが何とも色っぽいのだが、いかんせん遠い。
『足。どうだ? 動きそうか?』
問いかけると、びく。と、驚いたように葉の肩が揺れる。
『あ。…え。や。うごく…かな?』
きっと、なにか、考え込んでいたのだろう。答えが噛み合っていない。慌てて足を動かして立ち上がろうとして、ばしゃん。と、音を立てて、浴槽のお湯に倒れ込む。
『おい』
うまく起き上がれなくて、ばしゃばしゃ。と、溺れているのに手を貸してやると、うう。と、涙目で鼻を抑えながら、葉は、のんだ。と、小さく呟く。さらに、助けてもらって、貴志狼の腕に寄りかかっているのに気付くと、うわ。と、離れようとして、また、お湯に足をとられて、転んだ。
また、ばしゃばしゃ。と、この浅い風呂で溺れかけているのを、そう言えば泳げなかったな。と、思ってから、助けてやる。そうすると、葉は、今度は、貴志狼の腕からは離れようとはせずに俯いた。
『も。やだ』
ちゃんと、恋人として扱おうと、心に決めて、入ってきたはずなのだが、葉が終始この状態で、貴志狼は困惑していた。
葉は大きな傷跡も含めて、醜くもないし汚くもない。貴志狼は女性に興味がないわけではないけれど、たとえどんなに美しくて魅力的な女性がいたとしても、どちらかを選べと言われたら、即答で葉を選ぶ。
もちろん、余裕で勃つし、諦めるとか言いながらも、同性同士の行為ではどうすればいいかなんてことも、学習済みだ。
だから、身体のことでも、貴志狼には何一つ不満などないことを葉に伝えてやりたいと思って、心を決めてきたのだ。今まで、葉を大事にし過ぎて傷つけていたから、もう、そんなことがないように。
しかも、よくよく考えて、葉も、貴志狼も子供でもない。分別のつく大人だ。お互いが望んでいるのに、もったいぶる必要なんてない。
なのに。
だ。
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