後日談 結局可愛いもん勝ち

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「葉につまんねえ嘘を吐くように翔悟に言ったのはジジイだな?」  立ったまま老人を見下ろして、貴志狼は言った。  おそらく、目の前の老人にこんな口の利き方ができるのは貴志狼だけだ。地方のならず者の集まり程度だった川和組を国内最大級の広域指定暴力団にまで成長させた昭和の英傑は、老いてなお各方面に絶大な影響力を持っている。腕っぷしも強く、頭も切れて、人格に優れ、敵対組織の者すら道を譲ると言われるほどの人物だが、貴志狼にとってはただの悪戯好きで、祭り好きな喧嘩相手だった。 「嘘? なんのことだ」  片眉をあげて、壱狼は応える。何のことかなんてもちろんわかっているはずだ。  と。貴志狼は思う。  この老人に見通せないことなんてない。たとえ、この場所に座ったままでも、知りたいことなんて全部分かっているし、貴志狼の行動をコントロールすることも容易いはずだ。 「誰が見合いするって?」  翔悟が客用の茶葉の買い出しに行った日。明らかに葉の様子がおかしかったことには、貴志狼も気付いていた。心配だったし、理由が知りたいとは思ったけれど、晴興に葉を任せると決めたばかりだったから、追及できなかっただけだ。  気持ちが通じ合った後、しっかりとその日の話を聞いて、昨日の宴会前の客の出迎えの時の画像が送られてきたというLINEも見せられて、貴志狼はすべてを理解したのだ。 「大体あの女、美作のおっさんの後妻だろうが。二十歳そこそこで、うちの親父と同い年のおっさんと結婚するとか、強かすぎてドン引きだわ」  もちろん、貴志狼には結婚どころか、見合いの予定もない。最初から、貴志狼には葉だけだったし、葉が誰か別の人を選んでも、貴志狼が誰か別の相手を伴侶として選ぶ気など全くなかった。それが、たとえ祖父の絶対命令であってもだ。  翔悟が画像に撮った人物の男性の方は昨夜の主賓である、祖父が盃を与えた某団体の新組長で、同伴していた女性は娘ではなく後妻だ。女癖が悪く、たしか、三人目の嫁のはずだ。前の二人も存命で慰謝料で悠々自適な生活をしているらしい。と、まあそんなことはどうでもいいのだが、いくら翔悟が下っ端で阿呆とはいえ、そのくらいの事情は分かっているはずだ。 「俺以外で翔悟が素直に言うこと聞くとしたら、ジジイくらいだろうが」  しかも、隠し撮りのLINEを壱狼の部下に見とがめられずに送るなんて、恐らく不可能だ。祖父の命令で気付いていて見逃したというのでなければ、祖父の身辺警護を任されるほどの信頼を得ることはできないだろう。 「犬がバカなのは、飼い主がバカだからだぞ」  くく。と、喉の奥で笑って、老人言う。  思い通りになって楽しくてならない。という、表情だ。 「まあ、貴志狼。座れ」  促されて素直に従うのが面白くなくて、その顔をじっと見る。表情はできる限り不機嫌を装った。いや、実際不機嫌ではあったのだが、それでも、貴志狼はこの悪戯好きな祖父が嫌いではなかったから、不快感を表現できていたかは怪しい。 「座れ」  一瞬。祖父の視線がきつくなる。おそらく、慣れていないものならすぐに膝を折ってしまいたくなるくらいの威圧感を持った瞳だ。それでも、貴志狼は思わず従いそうになるのをかろうじて堪えた。老人のやり方は心得ている。ここで屈したら、最後まで会話のペースは壱狼のものになってしまう。
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