後日談 結局可愛いもん勝ち

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 祖父の言っていることが正しいことくらいは貴志狼にも分かっている。葉が大切過ぎて、大切過ぎるから臆病になって、葉が思い悩んでいたことにすら気づかなかったことは、責められても仕方ないことだ。反省しているし、もう絶対に間違ったりしないと誓える。 「お前みたいなヘタレのどこを気に入ったんだか」  けれど、世間一般では認められないような感情を当たり前のことのように認めてくれたことを、貴志狼は同じくらいに感謝していた。職業?柄、倫理観がどうのとか、そんなハードルは高くはない。それでも、まるで普通の女性を選んだかのように扱ってくれる祖父の器のデカさには、きっと、一生敵わないと思うし、きっと、認めてくれたことに対して、一生頭は上がらない。 「あんとき、一生葉を守るとかほざいていたのは口だけだったのか?」  座ったまま老人が見上げてくる。その眼光が不意に鋭さを帯びる。けれど、彼が本気になったときのそれとはまったく違う優しさに満ちている。  葉の足がもう元に戻らないと聞かされた日、貴志狼は自分の一生は葉を守るために使うものだと決めた。そして、それを祖父と父の前で宣言した。小学生のガキのたわごとに父は大きくため息をついて貴志狼を諭そうとしたけれど、祖父はそれを止めた。それから、見たこともない怖い顔をして聞いた。 『それがお前の覚悟か?』  と。  初めて見る祖父の顔にビビりながらも、その視線をまっすぐに受け止めて頷くと、祖父は今見せているのと同じ顔をして頷いて、好きにしろ。と、頭をぐしゃぐしゃに撫でてくれた。  思えば、壱狼は貴志狼が特別な意味で、葉を守りたいと思っていたことに、あの時からすでに気付いていたのだ。貴志狼が一生を捧げるのは組ではないと知っていたから、壱狼は貴志狼を跡継ぎにする気などはじめからなかったのだろう。貴志狼を組の表立った仕事から遠ざけるのも、貴志狼より孫の婿の敦を重用するのもそれが理由だ。 「口だけじゃねえ。俺は葉を…」  守っていくつもりだと答えようとした視線の先、壱狼の顔があの日のように驚くほど真剣だったから、貴志狼は言葉に詰まる。この質問に軽い気持ちで答えてはいけない。彼は、覚悟を問うているのだ。 「葉を?」  言葉に詰まった貴志狼を責めるように、壱狼の声が追いかける。  守るとか言いながらも、葉を晴興に任せようとしていたのは紛れもない事実だ。貴志狼のことを思っている葉の気持ちに気付いてやれなかったのも、大雪の中危ない目に合わせたのも貴志狼の責任だ。守ると口では言いながら、情けないことこの上ない。  それでも。  貴志狼は思う。 「葉のことは俺が守る。一生かけてだ」  あの日の宣言を貴志狼は繰り返した。  情けなくても、みっともなくても、なりふり構わず葉は守る。その役目をもう、誰にも渡さない。  それから、もう一つの役目も、誰にも渡すつもりはない。 「葉は俺が幸せにする。一生かけてだ」  だから、貴志狼ははっきりと、老人も目を見据えて言った。
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