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あの日と同じように祖父の目をまっすぐに見て言うと、一瞬、ふ。と、優しい表情を浮かべた後、老人はまるで小ばかにするような表情になった。
「おお。おお。大きく出たもんだ」
文机の上にあった走り書きの紙をまた一つ丸めて、貴志狼の方に投げて寄越す。それは、また、見事に貴志狼の額に命中した。
もちろん、避けられないわけではない。けれど、避けるのもなんだか癪に障る。
「大事なことを、葉ちゃんに言わせるような臆病者が。お前がそんなだから、葉ちゃんの気持ちを分からせるために、若葉マークにお前が見合いをすると、言ってやったんだろうが」
そういって、壱狼がまた、丸めた紙を投げる。恐ろしいことに、また、殆ど同じ場所に紙屑がヒットした。
ちなみに、若葉マーク。というのは、翔悟のあだ名だ。壱狼は組に出入りし始めたばかりの半人前によくあだ名をつける。それはどちらかというとお気に入りの証で、一人前と認められるまではその変なあだ名だで呼び続けるという習慣があった。どこが気に入ったのか知らないが、中卒でおバカで人懐っこさくらいしか取り柄のない翔悟にもあだ名をつけて、何かというと貴志狼を無視しては呼びだして、つかいっぱしりにしていた。
「しかし、あれは本当にバカだな。お前が見合いすると言ったら、本気で信じていたぞ?」
さっき、飼い犬がバカなのは飼い主がバカなんだと言っていたから、恐らくこれは、貴志狼のことをバカにしているのだ。またしても、丸めた紙を同じ場所にヒットさせて、カラカラと、老人が高らかに笑った。
「まあ、お陰で葉ちゃんにも疑われずに上手くいったがな。じいちゃんの優しい優しい計らいで、告白出来てよかったなあ」
一体、いくつ目なのか、またしても額に紙屑が当たった。
「…てか。誰が頼んだよ?」
にやにや。と、貴志狼の顔を見て笑う老人に自分も悪いのだから我慢しようという貴志狼の思いなどはすぐに吹き飛んでしまった。この老人もそうなのだが、貴志狼の沸点も決して高いほうではない。バカにされてへらへら笑っていられるようなタイプではなかった。
飛んできたいくつ目かの紙くずをはたき落として、貴志狼は言った。
「強がって、身を引いておいて、この世の終わりみたいな顔して。鬱陶しいんじゃボケ」
腕を組んでふんぞり返って壱狼が返す。その様子は身長でも身体の厚さでも一回り大きな貴志狼の威嚇の表情にもどこ吹く風と言った体だ。
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