後日談 結局可愛いもん勝ち

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 別に壱狼は部屋の外にいるボディガードを頼みにしているわけでも、貴志狼が手を出してこないと思っているわけでもない。貴志狼が祖父相手に本気で腕力で喧嘩を買っていた思春期はじめの頃、貴志狼が壱狼に喧嘩で勝てたことはなかったと記憶している。今なら力関係は逆転しているだろうが、それでも、壱狼は貴志狼を揶揄うのに躊躇することはなかった。 「そんな顔してねえだろ!」  とはいえ、腕力はともかく、口で壱狼に勝つのは不可能だ。80を過ぎていても、思考の瞬発力は少しも衰えていない。その上、踏んだ場数の桁が違う。  だから、貴志狼を煽るなんてお手の物だし、論破するのも簡単なんだろう。それでも、同じレベルで言い合いをするのは、貴志狼を育てようとしているのか、ただの暇つぶしなのか、判断がつかない。 「は。気付いてないのはお前だけだわ」  ひらり、と片手を振って老人は言う。  やっぱり、ただからかって遊んでいるだけなのだと、貴志狼は思う。 「こんの糞ジジイ」  それでも、相手をしにここへ来るのは、そんな時間が、貴志狼自身、嫌いではないからだ。 「おお。やるか?」  楽しげに笑う祖父が、そんな貴志狼の心の内にすら気づいているだろうことは言うまでもない。大体、告白されたとも、したとも、貴志狼は一言も言っていない。にもかかわらず、まるで、見てきたかのように行動を読まれている。  別に盗聴器を仕掛けたとかそんなことではない。相手の顔色や仕草、返事の声色、経験と状況からの類推、これまでの行動の分析。壱狼の頭の中ではその辺のコンピューターなんてとても及ばないほどの緻密な計算がなされている。  つまりは、完全に壱狼の掌の上で踊らされていた。と、いうことだ。  それに腹が立たないとしたら、最早、男として終わっている。 「大体! あんな嘘ついて。葉はあの雪の中一人で歩いて帰ろうとしてたんだぞ?」  貴志狼はここへ来た当初に目的を壱狼にぶつけたのはそのためだ。  結果的には、なにかある前に葉を見つけられたからよかったが、後30分遅れたら、ただではすまなかったかも知れない。凍死なんてことはさすがにないだろうが、動かない葉の足は最悪凍傷になる可能性だってあった。 「居場所も分かんねえのに、なんかあったらどうするつもりだったんだ」  自分がLINEに気付かなかったのも悪い。と、貴志狼は思う。けれど、そもそも貴志狼を拘束したのも壱狼だし、葉を煽ったのも壱狼だ。しかも、昨夜のような大雪の日に何かがあったら冗談では済まされない。  悪戯好きではあるし、危険な目に逢うのが貴志狼なら祖父は悪乗りをやめたりはしない。それも分かっているが、被害を受けたのは葉だ。もし、このことを知ったら、貴志狼よりも、貴志狼の両親の方が激怒する案件だ。  だから、今は貴志狼の落ち度はひとまず置いておいて、文句を言いに来たのだ。 「あるわけないだろうが」  貴志狼の顔をちら。と、見てから、にやり。と、音がしそうなほどわっるい笑顔を浮かべて、壱狼が言った。
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