後日談 結局可愛いもん勝ち

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 経験上この笑顔はよくない。最強の、いや、最悪の隠し玉を持っている時の底意地の悪い笑顔だ。 「あ? 実際葉は雪の中で立ち往生して…」  けれど、ここでひるんでは思い通りになってしまうと、言葉を続ける。頭の奥では突っ込まないほうが無難だと警鐘が鳴っているが、貴志狼はそれを無視した。 「はっ。阿保か。俺が知らんと思ってるのか?」  もう、貴志狼がそう言い返してくることだって、老人には想定済みだったのだろう。その顔は思い通りに策略が進んで、相手が掌の上で踊らされているのを見る悪魔のそれだった。  もしかしたら、この時、この瞬間に、この言葉を自分に投げつけるのが、この策略の原点だったのかもしれない。と、後に考えても思えてならない。 「お前が、葉ちゃんのスマホにス〇ーカーアプリ…」 「ああ??」  壱狼の語尾には貴志狼の声が重なった。  その瞬間に、廊下に繋がったふすまが、すらり。と、開いた。 「おはよ。壱じいちゃん。シロ来てる?」  ふすまの間からひょこ。と、顔をのぞかせたのは葉だった。昨夜はよほど疲れたのだろう。ぐっすりと眠っているのが可愛くて声をかけずに部屋を出たのだ。が。まさか、このタイミングで葉が現れるとは、これを悪魔の采配と言わずに何と言えばいいのだろう。 「おお。葉ちゃん。早いな。足大丈夫か?」  にっこり。と、さっきの意地の悪い笑顔とはまるで別人の顔で、壱狼は葉に手招きした。部屋の中に貴志狼の姿を見つけて、嬉しそうに笑って、葉は招かれるままひょこひょこと足を引きずりながらも部屋に入ってくる。何もなければ、思いが通じ合ったばかりのそんな恋人の姿は、可愛い以外のどんな形容詞でも語れない。  けれど、貴志狼の背中には嫌な汗が流れた。そんな貴志狼の反応に壱狼はちらり。と、視線を寄越すが何も言いはしない。しかし、目が語っていた。  いつでも。バラせるぞ?  と。 「うん。も。大丈夫」  貴志狼の隣まで来て、身体を支えるようにその腕に掴まってから、葉が応える。床に幾つか散らばった紙屑がその足に当たって転がるのを、首を傾げて見ているけれど、何故とは問わない。この祖父が変わりものであることくらいは葉もよく知っているからだ。 「昨夜は災難だったな。偶然、行き違いにならんで、バカ孫と会えてよかったなあ。本当に運がいい」  葉ではなく、貴志狼の顔を見て、壱狼が言う。  ぐうぜん。を、強調しているのはもちろん偶然ではない。
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