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第1章
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第二惑星インファルティーダの春は、緑砂で始まる。
六百七十七の島数を誇る多島海、オディスの海の向こうから吹き寄せる湿った春風が街に届ける緑の砂雲は―― しかし正確に言えば砂ではない。
花粉。いや。さらに厳密に言えば、胞子だ。
惑星のどこにでも強くたくましく大きく育つエンディルリンネと呼ばれる樹木たちが、春の訪れとともに一斉に胞子を飛ばす。水上政府科学省の調査報告書によれば、その主たる発生源ははるか南方に位置する大陸塊の中央部。当地の現地民がシンイキと称する巨大樹の森、そこが緑砂の発生源とされた。
「された」というのは、実際ここ、水上政府第一都市セントロコロニアルに暮らす一般市民たちには、自分でそれを確かめるすべがないからだ。オディスの海を隔てる大きな距離もさることながら、大洋の向こう、目で見ることさえかなわぬその遠い陸塊は、敵対原始勢力「シンラの民」の支配地。もとより、一般市民が行くことすらもかなわない。あくまで政府発表、政府発行の公的レポートの中だけの情報だ。じっさいそのような南の大陸での学術調査が本当に行われたのかどうか。それさえ怪しいと言う者もいる。
まあしかし。惑星第一半球の限られた一角を占める水上政府の詳細については、今はひとまず省略しよう。その歴史や現状をひととおり説明するだけで、数冊以上の書物は簡単に書けてしまう。実際そういった参考書物や電子文献は、水上政府区の公的情報保管施設にアクセスすれば誰でも簡単に手に入る。惑星開拓史への興味が尽きない勤勉なる読者諸君におかれては、のちほど個別に、関連文書を心ゆくまで漁っていただきたい。
ここから先は、ソニア・ワリエワの話をしよう。
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