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「天寧、来てくれてありがと」
改札を出るとすぐに栞菜ちゃんが駆け寄ってきた。
「栞菜ちゃん、大丈夫なの?」
「うん、峠は越えて落ち着いたみたいだから」
もっと憔悴しているかと思ったがそれ程でもなくホッとした。
お祖父さんが倒れたと連絡があった次の日、始発に乗ってお祖父さんが入院する病院の最寄駅でお姉さんと合流した。私は挨拶だけして別れ、実家へと向かった。夜に『命には別状なさそう』とのメッセージが来てまずは安心した。一夜明け、今日の昼過ぎに「会いたい」との電話がかかってきたのだった。
「本当はもっとおじいちゃんの傍にいたいんだけど、火曜日には大事な会議があって休めないの。だから明日の最終で直接帰ろうと思うの」
「うん、それが良いと思う」
「一緒に帰れなくて、ごめん。大丈夫かな?」
「いつもの帰省と同じことだから、帰りも私は一人でも大丈夫だよ。突然帰ったけど案外歓迎してくれてね、こっちはこっちで楽しくやってるから安心して」
栞菜ちゃんはホッとしたような、それでいて少し寂しそうな顔をした。
「少し歩こうか」
「うん」
駅前から商店街へと歩く。
「懐かしいな」
シャッターが下りているお店もあって、人通りも少ないため、自然と手を繋ぐ。
「中学生の栞菜ちゃん、想像出来ないなぁ」
「ん? あんまり変わってないと思うけど」
嘘でしょ、こんな大人っぽい中学生いる?
「そういえば、その先に本屋さんあったの知ってる?」
「うん」
「あそこ従姉妹の家だったから、子供の頃時々遊びに来てたんだよ」
「そうなの? だったら小さな天寧とどこかですれ違ってたかもね」
「それって、運命⁉︎」
もしそうなら、偶然じゃないと思う。私の運命の人は栞菜ちゃんだったと思ったら自然に顔が綻びかける。
「運命なんかじゃ……ない」
小さいけれど、ハッキリと聞こえたのは、紛れもなく栞菜ちゃんの声だった。
「え、ない?」
「私は、神だかなんだか訳の分からないものの決めた運命とやらで天寧を選んだわけじゃないもの、私が自分の意思で決めたことだもん。誰にも、何にでも邪魔はさせない、この先もずっと」
「栞菜ちゃん……」
真剣な表情でそんなことを言うから胸がいっぱいになる。
「あ、ごめん。私、また変なこと言ったね」
「違うよ、惚れなおしてたところ」
栞菜ちゃんは『好き』とか直接的な言葉は言わないけれど、普段の態度や行動で--自惚れじゃなく--大切に思ってくれていると感じるから。
「栞菜ちゃん、ありがとう」
素直な気持ちを伝えると、いつもの照れ笑いが返ってくる。
「あれ、氷室さんじゃない?」
お花屋さんの店先にいた女性から声をかけられた。
「あぁ--」
「舞衣だよ、同級生の。小泉舞衣」
「覚えてる覚えてる、ちょっと出てこなかっただけよ」
一瞬睨むふりをしてすぐに笑顔になったその人は、エプロンをしているのでお花屋さんなのだろう。
「氷室さんは全然変わってないからすぐわかったよ」
え、本当に? こんな中学生だったんだ。
「あれここって、小泉さんのお店なの?」
「そうそう、小さいけどね」
「そういえば小泉さん、お花係だったような……イメージぴったり」
「栞菜ちゃん、私あそこの公園行ってるね」
せっかく同級生と会えたならゆっくり思い出話をして欲しい。
「あ、ごめんね。すぐ行くから」
「うん、日向ぼっこしてるね、ごゆっくり」
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