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「お待たせ」
「あれ、早かったね」
「これを買っただけだからね、はい」
栞菜ちゃんの手に握られているものを見る。
「私に?」
「他の誰に渡せと?」
「ありがとう」
ほら、やっぱり。
受け取った3本の白いバラを眺め、これの意味する言葉を噛み締める。
「あれ、白はお気に召さない?」
無言になった私を、気に入らないのかと勘違いしたようだ。
「違うの、嬉しすぎて言葉が出なくて」
「そう、良かった……本当は旅行先で良い雰囲気で渡そうと思ってたんだけどね。いつもの感謝を込めて、天寧に」
そんな計画もあったの?
「このデートも私にとっては特別だよ」
自分の事よりもお祖父さんを心配する、そんな栞菜ちゃんだから私は好きになったんだし。
「温泉はまた計画しようね」
ここ気持ちいいねと言いながら、ベンチの私の隣に座る。
こじんまりしている公園だが、草木の手入れがしっかりされていて日当たりが良い。
「私も今回のデートで話そうと思ってたことがあるの」
「なぁに?」
「私の卒業後のことなんだけど」
「うん」
「出版社に就職出来たらなって思っていて、出来れば東京の。私、昔から本が好きで、そういうのを作り上げる仕事がしたくて。動機としては単純すぎて恥ずかしいんだけどね。今は電子書籍とかあるけどやっぱり紙媒体はこれからも必要だと思うし。まぁ内定取れるかどうかはわからないんだけど、そっち方面で考えてるっていう報告……栞菜ちゃん?」
話している途中で栞菜ちゃんは目を閉じた。真剣に聞いてくれているんだと思うけど、どういう反応をされるかの不安もあって、語尾が弱くなる。
「うん、いいと思う。前のね、ほらサークルの時の天寧とか思い出してて、そしたら子供の頃の天寧とか想像しちゃってた」
どんな想像か、聞きたいような聞きたくないような。
「あと、東京っていうのは私がいるから?」
そうだよね、好きな人がいるからっていう理由なんてナンセンスだよね。
「東京は出版社が多いっていうのもあるけど、半分以上は、そうです」
怒られるのを覚悟で正直に言う、栞菜ちゃんの近くで働きたいと。
「それは、素直に嬉しいね」
「えっ」
「なぜ驚くの? そりゃどんなに遠くに行ったって付き合い続ける自信はあるよ、でも近い方がいいに決まってるでしょ。そうだ、いっそ一緒に暮らせばいいんじゃない」
「ええぇ」
「東京は怖い街よ、天寧が一人暮らしなんて危なっかしくて。私が守ってあげる……って天寧?」
想像してしまった、栞菜ちゃんと私の日常生活。同じ玄関を出てそれぞれの会社へと出かけ、そしてまた戻ってくる。
今日のご飯は何にする? 次の休みはどうしよう? くだらない事を口走ってみたり、笑って泣いて怒って、喧嘩しても嫌いになることはなくて、時には甘い時間を一緒に過ごす……
「天寧、想像し過ぎ」
「えっ、わかるの?」
クスクスと笑われた。あぁカマかけられたのかぁ。
「内定出たら、今度は12本のバラを贈るね」
あ、プロポーズ?
「なんだかドラマみたい」
思ったことが口から溢れる。
「嫌?」
「嬉しいです」
「素直でよろしい」
少し日が傾いてきたのか、オレンジ色の光が栞菜ちゃんを照らしていた。
綺麗だなって見惚れていたら近づいてきて、おでこにチュッとキスをされた。まるで誓いのキスのように。
「そういえば、この前小説書いてるって言ったでしょ?」
「うん、まだ完結してないって言ってたね」
「あれね、私と栞菜ちゃんをモデルにしてて」
「そっか、天寧の得意なジャンルだね、それに完結はまだまだ先の話だねぇ」
「得意なジャンル?」
栞菜ちゃんは、そうかそうかと一人で納得しているけど、私には良くわからなかった。
不思議がる私に、とびきりの笑顔でこう言った。
「私たちの物語なら、これからずっと続いていくし、でも結果はハッピーエンドって決まってる」
「あ、甘い話だ」
【完】
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