1.婚約破棄は突然に

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1.婚約破棄は突然に

シャンデリアが灯された高級感のある店内に革張りの椅子。 シェフお任せ季節のコース料理、お一人様二万円。メインの霜降り和牛ステーキにナイフを入れていたときだった。 彼が神妙な面持ちで口を開いたのは。 「(あんぬ)、今日は言わなければいけないことがあるんだ」 「なに?」 突然一段冷えたトーンに、切り落としたステーキを皿から落としそうになった。 「海外転勤が決まったんだ」 「すごいじゃない。おめでとう」 吉報、だろう。 まぁ、“遠距離恋愛”になるけれど彼の本社は東京だし、ずっとっていう訳じゃないでしょう? 「杏は仕事を頑張っているよな。その年で主任を任せられているし。だから僕は君に、ついてきてとは言えないんだ」 「(あきら)が戻ってくるまで待つわ。私たちなら大丈夫」 「ごめん、杏。別れよう」 胸がドクンと嫌な音を立てた。 「別れるって・・・?結婚、するんじゃなかったの?」 薬指につけていた、ダイヤの指輪が光る。 「ごめん。ごめんな・・・」 晃が頭を深く下げた。 「転勤、長くなりそうなの?それならば区切りのいいところまで仕事して、辞める腹づもりもあるわ」 「君は素敵な人だから、僕よりもいい(ひと)がいるよ。その指輪は売って、君の好きなものでも買うといい。じゃあ、元気でな」 彼は爽やかさを残しながら寂しげに微笑み、席を立った。
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