4人が本棚に入れています
本棚に追加
「陛下の姿を見て、見失っていた『誇り』が甦りました。『誇り』に殉じることをお赦しください」
「……獅子は誇り高かった。心に刻むことを誓う」
シトシは獅子鬣将軍を労う。
獅子鬣将軍は廃人となっても、出仕を続けていた。異様な状況であったが、国防の観点からやむを得ないことと捉えられていた。それも、今日で終わる。
若いシトシとセイガが後事を託しうるまでに成長したことを見届け、役目を終えるのだ。
「獅子鬣将軍に『獅子王』と諡する」
シトシは獅子鬣将軍に、餞を送る。
臣下に『王』の称号を贈るのは、最高の名誉とされた。最大限の敬意を払いたかったシトシの気持の表れである。このことにより、呼称はこれまで通り『獅子鬣将軍』であるが正式に官職を記される時は『獅子王将軍』となる。もっとも、その時は少ない。
場は戦闘が止まり、咳きひとつない厳かなものとなっている。キースは身動きが取れず、象牙将軍も様子を窺っている。
「おお、なんという僥倖……! これで思い残すことはありません」
獅子鬣将軍の頬が緩む。どうやら、笑顔を作ろうとしたようだ。だが、目の力が弱まり、顔から血の気が失せた。
ーー獅子鬣将軍の最期である
と、獅子鬣将軍がわずかにシトシを見た。別れである。シトシは獅子鬣将軍の姿を焼き付けようと瞳に力を込めた。
ーーふと、シトシは血が流れる獅子鬣将軍の頸部に手を伸ばした。シトシには特に考えがある訳でもなく、あるスキルを使おうとしたのだ。
この世界には不思議な『スキル』という能力がある。人は、大気内に存在する『魔素』を体内に取り込み『魔力』に変換する。そして『魔力』を消費することにより身体強化や『魔法』を行使する。その中に『スキル』という個人特有のものがあり、シトシも『スキル』を保有していた。
ーーといっても、シトシが保有するスキルは戦闘に役立つものではなく、なにかを創造する有益なものでもない。
ただ、
ーー人を少しだけ元気にする
というものと見られていた。見られていた、というのはシトシのスキルがはっきりと効果を示さないためだ。
これまでの検証では『少し暖かいような……』『捻挫の痛みが和らいだ。ような……』というものであった。酷いものだと『かゆくなった』という感想もあった。
シトシ自身も、スキルの効果を検証した者も、いたたまれない心境になるばかりであり、長年死蔵するしかなかったスキルである。
シトシはふいにそのスキルを思い出し、少しだけでも獅子鬣将軍が安らかになれるよう、とスキルを行使した。
「餞ではないが」
とシトシは一声かけ、獅子鬣将軍の頸部に触れた。
獅子鬣将軍はシトシの意図に気付いたのか、目だけで礼意を伝える。
「ありがとうございます、陛下」
セイガが小さいながらも力強い声で礼を述べた。
そして、セイシン王国の英雄、獅子鬣将軍は静かに息を引き取ーー、
「ごばっ!」
るかに見えたが、いきなり獅子鬣将軍は吐血して蹲った。
(なにッ?!)
シトシは驚愕する。
そのまま仁王立ちの状態で昇天しそうだった獅子鬣将軍が、いきなり血を吐いて蹲ったのだ。シトシのみならずセイガやその場にいた者たちも動揺する。厳かな雰囲気も、騒々しいものへと変わる。
「父上!?」
慌てて獅子鬣将軍の身体を支えたセイガも、悲痛な叫びを上げた。
(これは……。やっちまった?!)
シトシは血の気が失せるのを感じた。
まさに、一代の英雄が散る、といったシーンをシトシがぶち壊してしまったのだ。シトシが余計なスキルを使用しなければ、獅子鬣将軍は王国史に残るような散り際を見せたはずである。
それが今は、血を吐いて荒い息をついていた。
シトシが救いを求めて回復魔法を使っていた魔法士を見ると、魔法士は力尽き、昏倒していた。魔力を限界以上に使ったのだろう。
場の雰囲気は妙なものを醸し出しており、シトシは混乱の極みにあった。身体中が熱い。緊張のあまり、汗が吹き出してきた。
せっかくの味方だったセイガ率いる獅子鬣騎士団が、セイガごと敵になる可能性を想像してしまう。そうなると、シトシの味方はもういない。
「グアーッハッハッハ! 獅子め! ついにくたばったか!?」
息を潜めていた象牙将軍が気を取り直し、気炎を上げる。
(なんてことだ!?)
シトシは目の前が真っ暗になるのを感じた。自己の不明から、状況をさらに悪化させてしまった。なにより、自分の味方をしてくれた人物の死を冒涜してしまったようで、ひたすら申し訳ない気持が湧き出てくる。
「な…ん……と?」
セイガが驚愕の表情をシトシに向ける。
(うう……。セイガの顔がまともに見れない)
シトシは逃げ出したい気持ちになった。
シトシが、いたたまれない心情を振り払うように、せめて象牙将軍と相対して玉砕しようとするとーー、
ゴォォォォォォガァォォォォッ!
轟音!
ーーいや、衝撃波か。
シトシは度肝を抜かれる。それが、獅子鬣将軍の咆哮だと気付くのは数瞬遅れてのことだった。獅子鬣将軍が立ち上がり、咆哮を轟かせたのだ。
(え? めっちゃ怒ってる??)
シトシが魂魄を飛ばさんばかりに白目をむいていると、
「なんという……! 奇跡が……!」
昏倒していたはずの魔法士が復活し、ワナワナと震えている。
「このようなことが……ありえない」
セイガも呆然と呟く。
(奇跡……ありえない……程の、やらかし?)
などとシトシは一瞬考えてしまうが、どうやら様子がおかしい。
獅子鬣将軍の立ち姿は力強い。
「ぐ……」
「大丈夫ですか?!」
が、すぐにふらつき、セイガに支えられる。
「大丈夫ではない。ーーが、もう一発」
「!?」
轟音ーー!
獅子王将軍の咆哮が再び轟きわたる。
「父上、これ以上は!」
「……陛下に拾っていただいた命、ここで使わないでどうする」
「……」
「しかし、これ以上は放てん。セイガ、必ずや象牙のやつを仕留めろ」
「ーー無論!」
獅子鬣将軍がセイガに言い放つと、しゃがみ込んだ。荒い息をついているので、苦しそうだ。が、先程まで命の瀬戸際だったことを思うと、不可解な状態だ。
よく見れば、頸部の血は止まり、傷も認められない。
(どうなってんの!?)
シトシには訳がわからない。
「これは『奇跡』としか言いようがありませんなーー?」
「は? 『奇跡』?」
最初のコメントを投稿しよう!