第一コマンド▼謁見の間で、どうするーー▼

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 傍らにいたライコウが、不意に口を開く。  シトシは要領を得ず、ライコウに聞き返した。 「そのとおり。陛下の『スキル』は今まで役に立たないーーあ、いや、なんの効果があるかわからないものだとされてきました。『人を元気にする』などと言われていましたが……。しかし、陛下のスキルは瀕死の獅子鬣将軍を救いました。これは、もしや『どんな状態の者も少しだけ元気にする』というものでは……。だとすると、凄まじいスキルですな? これは『奇跡』としか言いようがない」 「…………!?」  もちろん、そんなことはない。ましてや、隠してもない。  それよりも、なんの効果があるかわからない、というのも失礼な話だ。 「ただ痒いだけと思っていたのに……」 「む……」 「あ、いや……。それにしても、獅子鬣将軍の『戦場の咆哮』というスキルは凄い。獅子鬣騎士団の騎士たちが一時的に身体強化され、多数で攻めてきた象牙騎士団を圧倒してます!」  なるほど、獅子鬣将軍の咆哮にはそんな効果があったのかとシトシは腑に落ちる。  というか、シトシの『スキル』を痒いと言っていたのはライコウだったのか、とシトシがジト目で睨む。  そんなシトシの眼の前では、獅子鬣将軍の後押しを受けたセイガが象牙将軍と切り結び、互角に闘う。階下では、さして広くない室内で獅子と象の騎士団員たちが激しく交錯している。数の上では象牙騎士団が圧倒しているが、押しているのは獅子鬣騎士団か。    やがて謁見の間の象牙騎士団が鎮圧されると、伝令が謁見の間に飛び込んできた。 「申し上げます! 城内の象牙騎士団を制圧しました!」  飛び込んで来たのは象牙騎士団の煉瓦色ではなく、獅子鬣騎士団の紋章カラー、山吹色である。先程までは象牙騎士団の騎士が戦況を伝えて来ていたが、あっさり逆転した。  そしていつの間にか、象牙将軍も床にひれ伏している。 (これは、助かった、のか……?)  シトシは感情が麻痺し、動きが取れなかった。  色々ありすぎて、展開を整理できずにいたのだ。  わかったことは、クーデタ一を企てた象牙将軍と象牙騎士団が壊滅した、ということであった。 「…………」  シトシは気が抜け、腰が抜けそうになった。しかし視界の端にセイシリウスが入り、気を引き締め直す。  ーー一瞬だが、セイシリウスの表情に悔しそうなものが入り混じっているように見えた。 (まさか、な……)  シトシの肝が一気に冷える。  そのセイシリウスの表情から『象牙将軍のクーデターを誘引していたのではないか』という疑惑を持った。  シトシには、セイシリウスの思考が読めず、今後どういう出方をしてくるのがわからない。警戒は必要であろう。  ーーと、その場にいた者たちが膝を折り始めた。 「!?」  シトシは、この日何回驚愕したのかわからないが、またもや驚愕した。  なんの前触れもなく、場にいた者全てがシトシの方を向いて膝をついているのだ。しかも、セイシリウスやキースも例外ではない。なにが始まるのか、とシトシはビビってしまう。 「陛下ーー」  そんな中、言葉を発するのはセイシリウス。  その他の者は頭を垂れ、身じろぎせずにセイシリウスの言葉に耳を澄ます。  シトシは身構えた。セイシリウスには、気を許せない。 「ーーまさしく、神の御業……」 「は?」 「死に瀕していた獅子鬣将軍を『神の奇跡』で癒し、クーデターを企てていた象牙将軍に『神罰』を下す……。非才の身ゆえ、摂政という立場にありながら陛下の深謀遠慮に全く思い至らず、心苦しいばかりでございます……」  セイシリウスは吐息をつく。 「……」  シトシは目を白黒させる。  シトシは気味が悪く、居心地の悪さを感じている。セイシリウスは何を言っているのか……。  しかも、その場にいる者全てがシトシに強い注意を向けている。情けないが、これは、人生で初めてではないだろうか。 「陛下は、廃人同然となっていた獅子鬣将軍を死の淵から救い出しました。更には、獅子鬣騎士団に力強い督励を出して象牙将軍を退けました」  いつの間にか解説役に就任したライコウが、シトシに聞こえるように囁く。  シトシはそれを聞いて、すぐには反応できなかった。そういう言い方をされれば、見事に偶然が重なってそういうことになったのかもしれない。 (しかし、なんだ『神の御業』って?!)  シトシが腑に落ちないものを感じていると、 「獅子王将軍は、紛れもなく死の淵にいました。いえ、既に命脈は尽きていたのです。それを、陛下は『スキル』を行使して甦らせました。これは、我が国のーーいえ、歴史上最高の聖職者でもなし得ない奇跡ーー」  抑揚をつけて言葉を紡ぐセイシリウスに、その場の者は引き込まれる。そして、シトシを見つめる者たちの目に異様な熱が生じる。『おお、なんということだ』『神の御業をこの目で見ることができるとは』『奇跡だ』などの言葉がシトシの耳に入って来るが、頭では理解できない。  シトシの『スキル』は、役に立たない『クサスキル』のはずがーー、 「陛下の『スキル』は今まで『人を気休め程度元気にする』効果があると解釈されていましたが、とんでもない誤解でした。実は『死者をも甦らせる』という、神の御業としか言えない凄まじいものでした」 「!?」  とライコウが解説した。  それを聞き、シトシの胃が跳ね上がる。確かに、シトシが『スキル』を使ったことにより獅子鬣将軍は死を免れた。これは喜ばしいことであるが、シトシには実感は皆無である。しかも、獅子鬣将軍の命は尽きておらず、故に一命を取り留めたのだろう。  シトシにしてみれば、獅子鬣将軍は勝手に元気になって、いきなり吼えた。……かと思うと、勝手に獅子鬣騎士団が象牙将軍とその騎士団をやっつけてくれた、という印象である。  どこか、他人事だ。別にシトシが奇跡を起こした訳ではない。 「陛下……。私からもお礼を申し上げます。一度は失せたと思ったこの命……。燃え尽きるまで陛下のために使わせていただきます」  膝をついている獅子鬣将軍も重々しい声を発した。  しっかりとした口調であったが、顔色は悪い。シトシの『スキル』で命は取り留めても、体力は回復していないはずで、流れ出た血も足りていないはずだ。魔力に起因する病は大丈夫なのだろうかと気になったが、それよりも休ませることが先決であろう。シトシは慌てて獅子鬣将軍を退室させた。 「獅子鬣将軍を甦らせた奇跡もさることながら、象牙将軍の逆心を見抜いた慧眼、獅子鬣騎士団を勇躍させて象牙騎士団を鎮圧した妙手ーー古の聖王に比肩いたします」 (そんなワケあるかいッ!?)  セイシリウスの言葉に、神速のツッコミを入れるシトシ。ーー心の中で、であるが。 「象牙将軍に逆心があるのを見抜き、見事にそれを収めた陛下の慧眼も凄まじいものでーーはっ、もしや、私の進言も織込み済みということなので?! まさしく聖王……」  ーーもう、なんとでも言ってくれと、シトシはあまりな突飛な展開に、考えることを放棄した。とにかく、命の危険は去ったようだ。とにかく、少し、ゆっくり考えたい。とにかく、疲れた……。 「……では、陛下より一言賜りたく」 「……ん?」  考え事をしており、シトシは展開を把握していなかった。一言、と水を向けられても気の利いた言葉は出てこないのだ。もっともらしいことを言い、場をしめるしかない。 「乱は収まったのだ。あとのことは摂政殿と宰相に任せる」  シトシは、後始末を任せる、という意味の発言をした。  クーデターという未曾有の混乱があったのだ。このあとの始末は大変であろう。なんの事務能力もないシトシは、セイシリウス……特に、雑事は宰相であるキースに押し付けたかった。 「なんという度量……」 「この私まで容赦していただけるとは……!」  セイシリウスとキースが大袈裟な声を出す。  その他の者たちからも驚愕の声が漏れる。 「ん?」 「さすがは陛下。セイシリウス様はさておき、象牙将軍に近かったキース宰相をも不問にいたすとは……。ここは古の聖王に比肩する器を見せる場面ではありますので、最適解かと……。まあ、後始末の雑事がありますのでキース宰相及びその部下の事務能力は必要です」  いぶかるシトシに、ライコウが説明した。  なるほど、キースには煮え湯を飲まされる思いだったが、それなりに小回りは利く。使えるだけ使い、ほとぼりが冷めてから罷免しても良いのだ。シトシが若干黒いことを考えていると、一同がさらに畏まった。 「ではーー、これより我ら『奇跡の聖王』シトシ陛下を一層の忠心を持ってお仕えする所存ーー。セイシン王国に栄光あれーー」  セイシリウスが口上を述べる。 (き? 『奇跡の聖王』?!)  最早、シトシは展開に流されるだけである。  もう、考える気力もない。とりあえずセイシリウスやその場の者たちに対し無難な言葉を発し、解散とした。  この時のシトシの願いは、王国と自身の命の危機は脱したこともあり、これから先の『平穏』である。王と言えど、臣下が機能していれば激務はあるまい。争い事も好まないシトシであるため、セイシリウスさえ注意しておけばいいだろうと高を括った。  シトシの偽ざる本音として、 (とにかく、今は休みたいーー)  ただそれだけであったーー。
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